No.246 トウガラシの韓国、ワサビの日本
日韓共催のワールドカップは、隣人同士の異質さを明らかにした。
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ステップメール講座は、特定テーマに関して、過去の弊誌記事を体系的に整理し、お申し込みいただいた受講者に第1号から順次、週1編のペースでお送りする無料講座です。
「韓国問題 現代編」の目次、およびお申し込みは以下のページからどうぞ:
JOG Step 韓国問題-現代編 開講
http://jog-memo.seesaa.net/article/201309article_9.html
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■1.赤い「コーリガン」■
サッカー・ワールドカップで韓国チームが快進撃を続けている。敗れたポルトガル、イタリア、スペイン各チームは不審な審判に激しく抗議していたが、競技場を埋め尽くす真っ赤なTシャツの「激烈」な応援の前には、はかない抵抗だった。フーリガンならぬ「コーリガン」という言葉まで登場したそうだ。
産経新聞の名物記者で、韓国に長年駐在している黒田勝弘氏は次のような韓国日報の記事を紹介している。[1]
__________
わが歴史において初めて見るようにわれわれは一つになった。嫉妬、排他、口論、貪欲、疑い、陰謀、阿諛(あゆ)、邪悪、憎悪、倦怠、野卑、侮蔑、醜悪…そのすべてをわれわれの心から削除するという戦利品を、われわれは決勝トーナメント進出から胸にした。(もはや)恥ずかしがるな、嘆くな、寂しがるな、憎むな、冷笑するな。今日の荘重な喜びを永遠に心に刻み、忘れまい。
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これまた、かくまでに「激烈」な文章、というより檄文は日本や欧米の新聞には見られまい。「激烈」と言えば、韓国からやってきて日韓の歴史や民族性に関する評論で活躍している呉善花さんは次のように書いている。
__________
欧米の人たちに韓国人と日本人の印象を聞いてみると、韓国人はとにかく気性が激しく、日本人はおとなしいと言う。確かに韓国人は一般的にきわめて感情が激しく、何をするにも情熱的だ。恋人に対しては言うまでもなく、友だちに対しても、親や子に対してもその愛は情熱的だ。したがって、それだけ嫉妬心も強く、恨みの意識も根深いものになる。感情の起伏もきわめて激しいのだ。[2,p193]
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■2.日韓摩擦■
この事では、筆者にも個人的な体験がある。筆者がアメリカの大学院にいた頃、韓国からの留学生が何人もいたが、個人的につきあっている限りは、とてもいい人ばかりだった。ところが何か事があると、その印象が一変する。
日本企業のA社が国際学会での見学団を受け入れることになった時、韓国の同業者はお断りした所、学会の事務局宛に、A社を学会から除名すべきだ、という激烈な調子のFAXが送られてきたそうだ。A社はその学会でも幹事企業として長年の貢献を続けており、韓国企業の方はまだ新入りであったにもかかわらず、、、
結局、A社と事務局で相談して、見学を差し障りのない部分に変更することで、その韓国企業を受け入れることにした。当日、どんな激烈な人が来るのか、と身構えていたら、現れたのは人の良さそうなビジネスマンばかりで肩すかしをくった、という。
個人的につきあう限りはとてもいい人ばかりなのに、意見の対立ともなると、想像もつかない激烈さを発揮する。この突然の激烈さに面くらい、辟易して嫌韓感情を抱く日本人も少なくない。日韓での交流の場面が増えても、この韓国人の激烈さがどこから生まれているのか、よく理解しないと摩擦も増える一方であろう。
■3.「トウガラシの韓国、ワサビの日本」■
呉善花さんは、韓国人の激越さを「トウガラシの韓国、ワサビの日本」という卓抜な比喩で説明する。
__________
トウガラシを食べたときの人間の血液は身体全体をめぐりながらも、とくに頭部の方へかたよりを見せる。したがって、トウガラシを食べると神経に刺激を与え、血液の循環をよくし、・・・精神的に興奮しやすい作用を生みだしている。
一方、ワサビを食べたときの血液は、トウガラシとは逆に心臓の方へかたよりを見せている。そのため、ワサビを食べると鎮静作用が働き、精神に落ち着きをもたらしてくれる。
まさにズバリ、韓日の国民性の違いが指摘されているようで、思わず「なるほど」とうなづいたものである。・・・
おおむね、日本に対して神経が逆立ちしているような社会が韓国のものである。日本の社会は、事が起こればどう鎮めるか関係者が努力する社会である。「興」を好む社会と「鎮」を好む社会と言ってもよいかもしれない。[2,p194]
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サッカーの応援ぶりだけでなく、歴史教科書問題や慰安婦問題などでの韓国の「興奮」ぶりを見ると、なるほどと思わせる指摘である。しかしこのトウガラシは一体どこから来たのか?
■4.朱子学が生んだ派閥抗争と神学論争■
トウガラシは朱子学から来た、というヒントを与えてくれたのが、田中明・拓殖大学海外事情研究所客員教授である[3]。朱子学とは儒教の一派だが、司馬遼太郎は次のように説いている。
__________
朱子学は、宋以前の儒学とはちがい、極端にイデオロギー学だった。正義体系であり、べつの言葉でいえば正邪分別論の体系であった。朱子学がお得意とする大義名分論というのは、何が正で何が邪かということを論議するのだが、こういう神学論争は年代を経てゆくと、正の幅が狭くなり、ついには針の先程の面積もなくなってしまう。その面積以外は、邪なのである。[3,p125]
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1392年に成立した李朝朝鮮では、仏教を弾圧して、朱子学を国教とし、科挙という試験を通って官僚となった両班(ヤンバン)と呼ばれる官僚層が政治、経済、文化のあらゆる面で実権を握る中央集権的官僚国家となった。政治権力を握る一派が富も独占するので、凄まじい派閥党争が引き起こされる。そしてそれが朱子学の妥協を許さない大義名分論の形をとる。
■5.服喪期間の長さで10数年も抗争■
党争の典型例が、1659年、第17代の孝宗が死去した時、その継母の慈懿(じい)大妃の服喪期間をどうするか、に関して起きた論争だ。1年を主張する西人党と、3年を正しいとする南人党が十数年も論争した。カトリックとプロテスタントの神学論争のようなものだから、論理的な決着がつくはずもない。
最終的には国王の鶴の一声で西人党の勝利に終わったが、負けた南人党を待っていたのは、「邪説」を述べた敗者として賜死(自殺を命ずる刑罰)、杖死(杖で殴り殺す刑罰)、流刑、蟄居、罷免などであった。
こうした党争の歴史を分析した韓国の学者の論文では、223件もの党争のうち、政策に関するものはわずか3件であり、他の大部分は、職務上の過失・腐敗・怠慢、人品上の欠陥、儀礼上の過ちにより、政敵を攻撃してその職を奪おう、というものだったという。[3,p136]
呉善花さんは次のように述べる。
__________
彼ら(高級官僚)はいくつかの派閥のどれかに必ず所属して、派閥間での官職獲得闘争に血道をあげた。その闘争は陰謀と策謀に満ち、互いに血を流し合うまでに至るすさまじいものであった。この闘争が何百年間にもわたって繰り返されてきた。そのため、派閥間、各一族間の敵対関係がほとんど永続化してしまったのである。・・・
しかもこうした憎悪の関係は父から子へと世襲されたから、果てしない闘争の繰り返しとなるしかなかった。李朝では、先祖が受けた屈辱を子孫が晴らすことは、子孫にとっては最も大きな道徳行為であった。[4,p24]
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■6.朱子学が韓国人を変えた■
こうした党争が韓国人の民族性というより、朱子学によるものである、という理由は二つある。一つは、日本でも朱子学は同様な現象を起こしていること。そして、二つ目は、朱子学が入る前の韓国人は、こうではなかったことだ。
朱子学が妥協を許さぬ方向へ人を駆り立てる思想だというのは、日本においても実証されている。水戸学は朱子学的名分論を主流としており、幕末の志士たちに大きな影響を与えたが、維新後の明治政府内に水戸出身者の有力者の姿は見えない。それは水戸藩内部で佐幕派の諸生党と勤王派の天狗党との間で血みどろの内部抗争が続き、惜しい人材はみな殺されてしまったからであるという。
逆に朱子学導入以前の古代の韓国では、武人が勇壮な活躍をして、宮廷官僚の党争とはまったく違った世界を見せる。たとえば6世紀末に来襲した隋を大いに打ち破ってた将軍・乙子文徳(いつしぶんとく)は、敗北を装って平壌城近くにまで敵を誘い込んだ上で、次のような詩を送った。
__________
(貴下の)神策ハ天文ヲ究メ 妙算ハ地理ヲ極ム戦勝ノ功既ニ高シ 足ルヲ知リテ(戦いを)止メラレヨ
(お手並みのほど驚き入る。もう手柄をたてたことゆえ、 この辺で引き揚げられては如何か)
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敵将への武人の情けは、あたかもわが国の源平合戦の一幕を見ているようだ。李朝期の官僚同士の陰惨な抗争とは、まったく違う世界がここにあった。
■7.歌手を弟に持ちながら、なぜ政治家になれるのか?■
日本の江戸時代には士農工商の4階級があったが、士は刀、農は鍬、工はかんな、商人は算盤と、それぞれ具体的な道具を持って、現実と格闘する必要のある職業である。口先でいかに大義名分を主張しようと、刀や鍬、かんな、算盤で負けてしまえば意味はない。口舌の徒、空理空論の徒に対する侮蔑と、優れた技術・技能に対する尊敬が生まれる。
それに対して、李朝朝鮮で富と権力を握った「士」とは朱子学を極めた文人かつ宮廷官僚、いわば言葉の世界だけで生きている人々である。そんな官僚達が政治、経済、文化のすべての実権を握り、朱子学の大義名分論だけで政敵を倒そうとする。現実とは関わりのない大義名分に関する空理空論が幅を利かせ、自らの腕一本で生きる職人や商人への侮蔑を生む。
呉善花さんが来日して驚いたのは、石原裕次郎が亡くなった時、一流の政治家、芸術家、企業家たちまでが、しきりに哀悼の意を表している事だった。さらにその兄の石原慎太郎が政治家だと知って、驚きは呆(あき)れに変わったという。
__________
アメリカではあるまいし、歌手を弟に持ちながら、なぜ政治家になることができるのか、いずれも私の理解を絶していた。
韓国では、身内に歌手や俳優がいようものなら、それはとても恥ずかしいことなのである。とくに家柄を重んずる現代のヤンバン(両班)である上層階級の人間にとっては、それはとうてい許すことのできないものなのだ。[2,p143]
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■8.「氏より育ち」■
韓国人が個人的にはとても良い人が多いのに、ひとたび、議論になると、激烈な主張をして日本人を辟易させる。この激変ぶりは、まさに現実を無視した大義名分論で頭に血を上らせる朱子学という「トウガラシ」によるものではないか。
俗に「氏より育ち」という。双子でも違う家庭に育てば、価値観も立ち居振る舞いもまったく異なる人間となる。日本人と韓国人は有史以前からの血縁は相当に深く、また古代には文化的にも相当に親近感を持てるものであったが、近世に至ってシナから輸入された朱子学が、5百年以上かけて韓国人の民族性を根本的に変えてしまったと思われる。
この点の理解は、韓国との付き合いを進める上で重要だ。単に地理的・民族的に近いからお互いに理解し、仲良くできるはずだ、というナイーブな期待だけでは、韓国人の激烈な自己主張ぶりに面くらい、嫌韓感情を生むだけだ。
しかし朱子学という外国製トウガラシの後遺症だと理解し、また我々には我々なりのワサビ(それが何かは、今回は触れないが)があるのだと分かれば、相互の国民性を相対化して、もっとねばり強い付き合いも可能になろう。
■9.日韓の「異質ぶり」を目撃できた■
日韓の歴史摩擦についても、トウガラシの影響がある、と理解すれば、その対処も変わってくる。妥協を許さない朱子学の大義名分論では、歴史もまた事実を解明する科学ではなく、自らを正とし他を邪と言い負かすための道具なのである。
第15代の光海君時代の高官・鄭仁弘は、実権を奪った反対派から、「廃母殺弟」(光海君の継母にあたる先王の后を廃位幽閉し、幼弟を殺害)の首謀者の一人として1623年に処刑された。しかし実際には彼は「廃母殺弟」には反対だったことが、当時の史書にも書かれており、これは明らかに政敵による意図的な濡れ衣であった。
鄭仁弘の子孫一族はこの汚名をそそごうと、多年に渡り苦労を重ねたが、反対派が実権を握っている間は聴き入れられなかった。ようやく一族の願いが叶って罪名が除かれたのは、それから280余年も後の1907年であった。
歴史の歪曲をも辞さない党争の凄まじさ、そして3世紀近くにもわたってその汚名を雪(すす)ごうという一族の執念。日韓での「歴史観の共有」とは、こういう激烈なる民族が相手である事を覚悟した上でのことであろうか。
韓国民の激烈なる熱狂ぶりを報道する黒田氏は、こう結んでいる。
__________
日本はそうした隣国とW杯を共同開催したのである。その意味では隣国、隣人のわれわれとの「異質ぶり」を目撃できたということが、相互理解をめざすW杯共催の最大効果かもしれない。[1]
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(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(190) 「お家の事情」の歴史観
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog190.html
b. JOG(056) 忘れられた国土開発
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog056.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
1. 産経新聞、「【W杯サッカー 祝祭】革命的風景の韓国 想像
絶する隣人の『異質ぶり』」、H14.06.16、東京朝刊、1頁
2. 呉善花、「スカートの風」★★★、角川文庫、H9
3. 田中明、「物語 韓国人」★★、文春新書、H13
4. 呉善花、「韓国併合への道」★★、文春新書、H12
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■ 竹中さん(フィリピン在住)より
私は、海外に住む日本人ですが、日本の国防に関して憂いと歯がゆさを感じている一人です。以前から言われている言葉で、日本人は”水と平和はただ”と思っていると。日本は第2次大戦の終戦後、アメリカの庇護のもとで国防にはお金をあまり使わず、経済の発展に専念出来た。それは、アメリカの利益の為であって、決して日本を助ける為ではなかったのです。
現在、その様な状況は大きく変わっており、日本が独自で国防を考える、いや考えるではなく、実行するべき時期です。
私は、フィリピンに住んでおりますが、フィリピンの場合、軍隊は日本と同じで志願制ですが、全国で高校生、大学生は毎週土曜日は強制的に軍隊の施設で訓練が行われます。私は、今までこの事について批判めいた話は聞いていません。何故なら国を守るのは国民の当然の義務だからです。日本は単一民族(実際には多少の少数民族は含まれていますが)で、フィリピンのような多民族による、宗教を背景にした紛争はないので、恵まれています。
日本人はもっと国防に関心を持つべきで、決して政治家任せにしてはいけません。お上に弱い日本人ですが、これからは変えていかないと、お上に任せきりでは日本の存在が危うくなります。特に、北朝鮮は目に余るものがあり、許せない事です。日本国としての態度をはっきり表明し、行動するべき時期だと思います。
■ 編集長・伊勢雅臣より
不審船の引き揚げもようやく決まったようです。北朝鮮籍と確認できたとき、わが外務省はどういう態度をとるのでしょう
か。
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■1.赤い「コーリガン」■
サッカー・ワールドカップで韓国チームが快進撃を続けている。敗れたポルトガル、イタリア、スペイン各チームは不審な審判に激しく抗議していたが、競技場を埋め尽くす真っ赤なTシャツの「激烈」な応援の前には、はかない抵抗だった。フーリガンならぬ「コーリガン」という言葉まで登場したそうだ。
産経新聞の名物記者で、韓国に長年駐在している黒田勝弘氏は次のような韓国日報の記事を紹介している。[1]
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わが歴史において初めて見るようにわれわれは一つになった。嫉妬、排他、口論、貪欲、疑い、陰謀、阿諛(あゆ)、邪悪、憎悪、倦怠、野卑、侮蔑、醜悪…そのすべてをわれわれの心から削除するという戦利品を、われわれは決勝トーナメント進出から胸にした。(もはや)恥ずかしがるな、嘆くな、寂しがるな、憎むな、冷笑するな。今日の荘重な喜びを永遠に心に刻み、忘れまい。
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これまた、かくまでに「激烈」な文章、というより檄文は日本や欧米の新聞には見られまい。「激烈」と言えば、韓国からやってきて日韓の歴史や民族性に関する評論で活躍している呉善花さんは次のように書いている。
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欧米の人たちに韓国人と日本人の印象を聞いてみると、韓国人はとにかく気性が激しく、日本人はおとなしいと言う。確かに韓国人は一般的にきわめて感情が激しく、何をするにも情熱的だ。恋人に対しては言うまでもなく、友だちに対しても、親や子に対してもその愛は情熱的だ。したがって、それだけ嫉妬心も強く、恨みの意識も根深いものになる。感情の起伏もきわめて激しいのだ。[2,p193]
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■2.日韓摩擦■
この事では、筆者にも個人的な体験がある。筆者がアメリカの大学院にいた頃、韓国からの留学生が何人もいたが、個人的につきあっている限りは、とてもいい人ばかりだった。ところが何か事があると、その印象が一変する。
日本企業のA社が国際学会での見学団を受け入れることになった時、韓国の同業者はお断りした所、学会の事務局宛に、A社を学会から除名すべきだ、という激烈な調子のFAXが送られてきたそうだ。A社はその学会でも幹事企業として長年の貢献を続けており、韓国企業の方はまだ新入りであったにもかかわらず、、、
結局、A社と事務局で相談して、見学を差し障りのない部分に変更することで、その韓国企業を受け入れることにした。当日、どんな激烈な人が来るのか、と身構えていたら、現れたのは人の良さそうなビジネスマンばかりで肩すかしをくった、という。
個人的につきあう限りはとてもいい人ばかりなのに、意見の対立ともなると、想像もつかない激烈さを発揮する。この突然の激烈さに面くらい、辟易して嫌韓感情を抱く日本人も少なくない。日韓での交流の場面が増えても、この韓国人の激烈さがどこから生まれているのか、よく理解しないと摩擦も増える一方であろう。
■3.「トウガラシの韓国、ワサビの日本」■
呉善花さんは、韓国人の激越さを「トウガラシの韓国、ワサビの日本」という卓抜な比喩で説明する。
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トウガラシを食べたときの人間の血液は身体全体をめぐりながらも、とくに頭部の方へかたよりを見せる。したがって、トウガラシを食べると神経に刺激を与え、血液の循環をよくし、・・・精神的に興奮しやすい作用を生みだしている。
一方、ワサビを食べたときの血液は、トウガラシとは逆に心臓の方へかたよりを見せている。そのため、ワサビを食べると鎮静作用が働き、精神に落ち着きをもたらしてくれる。
まさにズバリ、韓日の国民性の違いが指摘されているようで、思わず「なるほど」とうなづいたものである。・・・
おおむね、日本に対して神経が逆立ちしているような社会が韓国のものである。日本の社会は、事が起こればどう鎮めるか関係者が努力する社会である。「興」を好む社会と「鎮」を好む社会と言ってもよいかもしれない。[2,p194]
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サッカーの応援ぶりだけでなく、歴史教科書問題や慰安婦問題などでの韓国の「興奮」ぶりを見ると、なるほどと思わせる指摘である。しかしこのトウガラシは一体どこから来たのか?
■4.朱子学が生んだ派閥抗争と神学論争■
トウガラシは朱子学から来た、というヒントを与えてくれたのが、田中明・拓殖大学海外事情研究所客員教授である[3]。朱子学とは儒教の一派だが、司馬遼太郎は次のように説いている。
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朱子学は、宋以前の儒学とはちがい、極端にイデオロギー学だった。正義体系であり、べつの言葉でいえば正邪分別論の体系であった。朱子学がお得意とする大義名分論というのは、何が正で何が邪かということを論議するのだが、こういう神学論争は年代を経てゆくと、正の幅が狭くなり、ついには針の先程の面積もなくなってしまう。その面積以外は、邪なのである。[3,p125]
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1392年に成立した李朝朝鮮では、仏教を弾圧して、朱子学を国教とし、科挙という試験を通って官僚となった両班(ヤンバン)と呼ばれる官僚層が政治、経済、文化のあらゆる面で実権を握る中央集権的官僚国家となった。政治権力を握る一派が富も独占するので、凄まじい派閥党争が引き起こされる。そしてそれが朱子学の妥協を許さない大義名分論の形をとる。
■5.服喪期間の長さで10数年も抗争■
党争の典型例が、1659年、第17代の孝宗が死去した時、その継母の慈懿(じい)大妃の服喪期間をどうするか、に関して起きた論争だ。1年を主張する西人党と、3年を正しいとする南人党が十数年も論争した。カトリックとプロテスタントの神学論争のようなものだから、論理的な決着がつくはずもない。
最終的には国王の鶴の一声で西人党の勝利に終わったが、負けた南人党を待っていたのは、「邪説」を述べた敗者として賜死(自殺を命ずる刑罰)、杖死(杖で殴り殺す刑罰)、流刑、蟄居、罷免などであった。
こうした党争の歴史を分析した韓国の学者の論文では、223件もの党争のうち、政策に関するものはわずか3件であり、他の大部分は、職務上の過失・腐敗・怠慢、人品上の欠陥、儀礼上の過ちにより、政敵を攻撃してその職を奪おう、というものだったという。[3,p136]
呉善花さんは次のように述べる。
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彼ら(高級官僚)はいくつかの派閥のどれかに必ず所属して、派閥間での官職獲得闘争に血道をあげた。その闘争は陰謀と策謀に満ち、互いに血を流し合うまでに至るすさまじいものであった。この闘争が何百年間にもわたって繰り返されてきた。そのため、派閥間、各一族間の敵対関係がほとんど永続化してしまったのである。・・・
しかもこうした憎悪の関係は父から子へと世襲されたから、果てしない闘争の繰り返しとなるしかなかった。李朝では、先祖が受けた屈辱を子孫が晴らすことは、子孫にとっては最も大きな道徳行為であった。[4,p24]
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■6.朱子学が韓国人を変えた■
こうした党争が韓国人の民族性というより、朱子学によるものである、という理由は二つある。一つは、日本でも朱子学は同様な現象を起こしていること。そして、二つ目は、朱子学が入る前の韓国人は、こうではなかったことだ。
朱子学が妥協を許さぬ方向へ人を駆り立てる思想だというのは、日本においても実証されている。水戸学は朱子学的名分論を主流としており、幕末の志士たちに大きな影響を与えたが、維新後の明治政府内に水戸出身者の有力者の姿は見えない。それは水戸藩内部で佐幕派の諸生党と勤王派の天狗党との間で血みどろの内部抗争が続き、惜しい人材はみな殺されてしまったからであるという。
逆に朱子学導入以前の古代の韓国では、武人が勇壮な活躍をして、宮廷官僚の党争とはまったく違った世界を見せる。たとえば6世紀末に来襲した隋を大いに打ち破ってた将軍・乙子文徳(いつしぶんとく)は、敗北を装って平壌城近くにまで敵を誘い込んだ上で、次のような詩を送った。
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(貴下の)神策ハ天文ヲ究メ 妙算ハ地理ヲ極ム戦勝ノ功既ニ高シ 足ルヲ知リテ(戦いを)止メラレヨ
(お手並みのほど驚き入る。もう手柄をたてたことゆえ、 この辺で引き揚げられては如何か)
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敵将への武人の情けは、あたかもわが国の源平合戦の一幕を見ているようだ。李朝期の官僚同士の陰惨な抗争とは、まったく違う世界がここにあった。
■7.歌手を弟に持ちながら、なぜ政治家になれるのか?■
日本の江戸時代には士農工商の4階級があったが、士は刀、農は鍬、工はかんな、商人は算盤と、それぞれ具体的な道具を持って、現実と格闘する必要のある職業である。口先でいかに大義名分を主張しようと、刀や鍬、かんな、算盤で負けてしまえば意味はない。口舌の徒、空理空論の徒に対する侮蔑と、優れた技術・技能に対する尊敬が生まれる。
それに対して、李朝朝鮮で富と権力を握った「士」とは朱子学を極めた文人かつ宮廷官僚、いわば言葉の世界だけで生きている人々である。そんな官僚達が政治、経済、文化のすべての実権を握り、朱子学の大義名分論だけで政敵を倒そうとする。現実とは関わりのない大義名分に関する空理空論が幅を利かせ、自らの腕一本で生きる職人や商人への侮蔑を生む。
呉善花さんが来日して驚いたのは、石原裕次郎が亡くなった時、一流の政治家、芸術家、企業家たちまでが、しきりに哀悼の意を表している事だった。さらにその兄の石原慎太郎が政治家だと知って、驚きは呆(あき)れに変わったという。
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アメリカではあるまいし、歌手を弟に持ちながら、なぜ政治家になることができるのか、いずれも私の理解を絶していた。
韓国では、身内に歌手や俳優がいようものなら、それはとても恥ずかしいことなのである。とくに家柄を重んずる現代のヤンバン(両班)である上層階級の人間にとっては、それはとうてい許すことのできないものなのだ。[2,p143]
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■8.「氏より育ち」■
韓国人が個人的にはとても良い人が多いのに、ひとたび、議論になると、激烈な主張をして日本人を辟易させる。この激変ぶりは、まさに現実を無視した大義名分論で頭に血を上らせる朱子学という「トウガラシ」によるものではないか。
俗に「氏より育ち」という。双子でも違う家庭に育てば、価値観も立ち居振る舞いもまったく異なる人間となる。日本人と韓国人は有史以前からの血縁は相当に深く、また古代には文化的にも相当に親近感を持てるものであったが、近世に至ってシナから輸入された朱子学が、5百年以上かけて韓国人の民族性を根本的に変えてしまったと思われる。
この点の理解は、韓国との付き合いを進める上で重要だ。単に地理的・民族的に近いからお互いに理解し、仲良くできるはずだ、というナイーブな期待だけでは、韓国人の激烈な自己主張ぶりに面くらい、嫌韓感情を生むだけだ。
しかし朱子学という外国製トウガラシの後遺症だと理解し、また我々には我々なりのワサビ(それが何かは、今回は触れないが)があるのだと分かれば、相互の国民性を相対化して、もっとねばり強い付き合いも可能になろう。
■9.日韓の「異質ぶり」を目撃できた■
日韓の歴史摩擦についても、トウガラシの影響がある、と理解すれば、その対処も変わってくる。妥協を許さない朱子学の大義名分論では、歴史もまた事実を解明する科学ではなく、自らを正とし他を邪と言い負かすための道具なのである。
第15代の光海君時代の高官・鄭仁弘は、実権を奪った反対派から、「廃母殺弟」(光海君の継母にあたる先王の后を廃位幽閉し、幼弟を殺害)の首謀者の一人として1623年に処刑された。しかし実際には彼は「廃母殺弟」には反対だったことが、当時の史書にも書かれており、これは明らかに政敵による意図的な濡れ衣であった。
鄭仁弘の子孫一族はこの汚名をそそごうと、多年に渡り苦労を重ねたが、反対派が実権を握っている間は聴き入れられなかった。ようやく一族の願いが叶って罪名が除かれたのは、それから280余年も後の1907年であった。
歴史の歪曲をも辞さない党争の凄まじさ、そして3世紀近くにもわたってその汚名を雪(すす)ごうという一族の執念。日韓での「歴史観の共有」とは、こういう激烈なる民族が相手である事を覚悟した上でのことであろうか。
韓国民の激烈なる熱狂ぶりを報道する黒田氏は、こう結んでいる。
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日本はそうした隣国とW杯を共同開催したのである。その意味では隣国、隣人のわれわれとの「異質ぶり」を目撃できたということが、相互理解をめざすW杯共催の最大効果かもしれない。[1]
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(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(190) 「お家の事情」の歴史観
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog190.html
b. JOG(056) 忘れられた国土開発
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog056.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
1. 産経新聞、「【W杯サッカー 祝祭】革命的風景の韓国 想像
絶する隣人の『異質ぶり』」、H14.06.16、東京朝刊、1頁
2. 呉善花、「スカートの風」★★★、角川文庫、H9
3. 田中明、「物語 韓国人」★★、文春新書、H13
4. 呉善花、「韓国併合への道」★★、文春新書、H12
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■ 竹中さん(フィリピン在住)より
私は、海外に住む日本人ですが、日本の国防に関して憂いと歯がゆさを感じている一人です。以前から言われている言葉で、日本人は”水と平和はただ”と思っていると。日本は第2次大戦の終戦後、アメリカの庇護のもとで国防にはお金をあまり使わず、経済の発展に専念出来た。それは、アメリカの利益の為であって、決して日本を助ける為ではなかったのです。
現在、その様な状況は大きく変わっており、日本が独自で国防を考える、いや考えるではなく、実行するべき時期です。
私は、フィリピンに住んでおりますが、フィリピンの場合、軍隊は日本と同じで志願制ですが、全国で高校生、大学生は毎週土曜日は強制的に軍隊の施設で訓練が行われます。私は、今までこの事について批判めいた話は聞いていません。何故なら国を守るのは国民の当然の義務だからです。日本は単一民族(実際には多少の少数民族は含まれていますが)で、フィリピンのような多民族による、宗教を背景にした紛争はないので、恵まれています。
日本人はもっと国防に関心を持つべきで、決して政治家任せにしてはいけません。お上に弱い日本人ですが、これからは変えていかないと、お上に任せきりでは日本の存在が危うくなります。特に、北朝鮮は目に余るものがあり、許せない事です。日本国としての態度をはっきり表明し、行動するべき時期だと思います。
■ 編集長・伊勢雅臣より
不審船の引き揚げもようやく決まったようです。北朝鮮籍と確認できたとき、わが外務省はどういう態度をとるのでしょう
か。