No. 350 捏造されたダイオキシン騒動
「ダイオキシン汚染地域で新生児の死亡率が増加」という捏造報道から「魔女狩り」が始まった。
原題 「ダイオキシン騒動 ~ 『魔女狩り』騒ぎのメカニズム」
■1.「魔女狩り」騒ぎ■
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所沢のダイオキシン汚染地域で新生児の死亡率が増加している。
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平成9(1997)年2月に、「止めよう!ダイオキシン汚染」さいたま実行委員会が県庁の記者クラブにマスコミ陣を集めて、こう発表したのが「魔女狩り」の始まりだった。新聞、テレビが大きく報道し、所沢市民を震え上がらせた。引っ越す人、中絶する女性、妊娠を避ける夫婦もいたという。
たちまち30もの市民グループができ、「喘息で高校生が死ぬ」「胎児が次々と死ぬ」などという訴えが相次ぎ、はてはWHO(世界保健機構)に医療調査団の派遣を求めたり、「市民の生命を守らず、多くの無念の死をもたらした」と所沢市長を刑事告発するグループまで現れた。
平成11(1999)年2月1日、テレビ朝日「ニュースステーション」が「所沢産ホウレンソウに高濃度ダイオキシンを検出!」と報じ、世間を騒然とさせた。ちょうどその5日前に公明党が「ダイオキシン類対策特別法案」を国会に提出しており、また2月17日には民主党も同様の法案を提出した。偶然というには、あまりにも絶妙のタイミングであった。
この騒ぎの中で、わずか5ヶ月後の7月16日には「ダイオキシン類対策特別措置法」が成立。「特別措置」というのは、「科学的知見が不足しているが、極めて大きな社会問題としてとりあげられている状況」があるので、既存の法体系外で対処したから、という。
その後、所沢市ではダイオキシン対策に50億円以上も使い、騒ぎも収まった平成12年9月12日、市議会で深川隆議員が一般質問をした。「あの騒ぎは何だったのか。新生児の死亡増も奇形児の増加も、地元にいながらまったく聞かない。」
そう語る深川議員は、他地域から来た人々が地元住民を洗脳していく様を目の当たりにして、冷静になるよう訴えたが、逆に手ひどい選挙妨害にあった経験を持っていた。[1]
今回は、この「魔女狩り」騒ぎに加担したメディアの手口を分析してみよう。
■2.「新生児死亡率増加」のウソ■
騒ぎの発端となった「所沢のダイオキシン汚染地域で新生児の死亡率が増加している」というショッキングな説の根拠を見てみよう。
それは市民グループの一つが作ったグラフで、所沢「産廃銀座」の産廃焼却量と「新生児死亡率(対県比率)」がともに年を追うに従って、増加しているというものである。これを見て「大変だ!」と思いこんだ所沢市民も多いであろう。しかし、このグラフには巧妙な仕掛けがある。
まず「対県比率」というのが曲者だ。実は、新生児死亡率自体は、埼玉県も所沢市も着実に右肩下がりになっている。ただ「対県比率」で上昇しているというのは、'82年から'94年までは「所沢市の死亡率の減り方が、埼玉県全体よりも少ない」というだけなのである。
対県比率とする事によって、本来右肩下がりの新生児死亡率を、さも右肩上がりであるように見せかけた、いかにも悪質なグラフであった。
もう一つの仕掛けは、グラフでは産廃廃却量が'96年まで示されているのに、新生児死亡率(対県比率)は'93年までしかないことだ。実は'95年、'96年には、対県比率でも減少しているのだが、それをグラフにすると、この期間は大きく右肩下がりになっているので、それを表示すれば、「何だ、最近は良くなっているじゃないか」と分かってしまう。
特に産廃焼却量の方がこの期間に激増しているだけに、同じ期間に劇的に新生児死亡率が改善されていては、都合が悪かったのだろう。
■3.統計学の騙しのテクニックを見破るには■
これらは統計を悪用した「騙しのテクニック」である。見破るには、データの加工方法や欠落に注意すると良い。なぜ死亡率そのものではなく、わざわざ対県比率を使うのか、なぜ死亡率の方は'94以降のデータがないのか、などと問いかけてみる。
またもっと根源的な問題としては、たとえ産廃焼却量と新生児死亡率がともに右肩上がりであったとしても、両者が直接因果関係を持つとは断定できない、ということがある。まして一飛びにダイオキシンのせいだ、とはとても言えない。
たとえば、焼却炉のある地域は人口密集地から離れており、最先端の技術を持つ大病院が少ないので死亡率の減り方が少ない、という仮説も成り立つだろう。
統計学の世界では、このグラフのような統計学の誤用、悪用を戒めるための逸話がある。19世紀のロンドンで、コウノトリの生息数と赤ちゃんの出生率がきわめて高い相関を示した、というのである。ここからコウノトリが赤ちゃんを運んでくる事の証明だ、と主張できるだろうか。
事実は、産業革命の進展で市民の生活が豊かになった結果、出生率が上昇し、同時に食べ物の廃棄物が増えてそれを食べるコウノトリが増加した、という事である。
■4.町全体がダイオキシンによって汚染されてしまった!?■
平成10年から翌年にかけて、ダイオキシン騒動が真っ盛りの頃、62冊ものダイオキシン本が出版された。それらの多くにダイオキシンの「猛毒性」を物語るエピソードとして引用されるのが、次のセベソ事件である。渡辺雄二氏の「超毒物ダイオキシン」には、こう書かれている。
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イタリア北部、スイスとの国境近くにセベソという小さな町がある。1976年7月、隣のメダ町にある農薬工場で事故が発生し、セベソの町全体がダイオキシンによって汚染されてしまった。・・・
反応装置内の圧力は急激に上昇し、その圧力に耐えきれなくなって、安全弁からは生成物が大量に放出された。それはおよそ15分間続き、3000キログラム近くが大気中に放出され、その中には推定250~300グラムという信じられないくらいの量の2・3・7・8-四塩化ダイオキシンが混じっていたのである。[2,p91]
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わずか250~300グラムを「信じられないくらいの量」と言うのは、著者がダイオキシンはサリンの17倍の毒性を持つと主張するからだ。サリンの致死量は0.5mgと言われているので、その17倍の毒性のダイオキシンが300グラムなら、1千万人分以上の致死量に当たる計算になる。
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子供たちは、クロルアクネ(塩素が原因で皮膚に発生するニキビ状のできもの)に苦しめられ、入院する子どももいた。また、植物は枯れ始め、数多くの動物が死んだ。そのため、工場はまもなく閉鎖された。・・・
汚染地域に住む女性の間では、自然流産が増加した。・・・男性では、リンパ網内性肉腫(ガンの一種)による死亡率が、5.3倍と明らかになった。・・・
これらの調査から、ダイオキシンが母体や胎児に作用して流産を高率で引き起こし、さらに特定のがんを増加させることがあきらかになったのである。[2,p91]
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■5.「ちょっと待てよ」■
いかにも恐ろしげな記述だが、読んでいて、ちょっと待てよ、という気になる。1千万人以上の致死量のダイオキシンが放出されたというなら、町全体が全滅してもおかしくないだろう。それなのに「入院する子どももいた」というからには、入院しなかった子どももいたはずで、地下鉄サリン事件と比べても被害が軽すぎないか?
逆に3トンもの化学物質が放出したというなら、それらの影響もあるはずで、その1万分の一の量のダイオキシンだけが、「信じられないくらいの量」とは、あまりに表現がアンバランスではないか。素人目にもうさんくさい記述だが、その後の科学的研究によると次のような結果が出ているそうだ。
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実際には、セベソに住む19歳以下の1万9637人を対象に、すべての死亡、事故、入院、癌について10年間にわたる追跡調査の結果、事故直後の皮膚炎以外には何一つ全国平均値との有意差は見られなかった。(International Journal of Epidemiology, 92年2月号)
塩素系毒性物質(これは主にダイオキシンと見てよいだろう)による挫瘡を患ったのは被曝3万人のうち152人である(Neuroepidemiology, 88年7月号)。事故後5年間に出生した1万5291人についても、奇形などの有意差はなかった(JAMA, 88年3月号)。[3,p124]
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■6.煽動本の見分け方■
この本の著者・渡辺雄二氏は、エイズ、遺伝子組み換え食品、環境ホルモンから、はてはバイアグラまで幅広いテーマをご執筆の「科学評論家」であり、最近ではかの「週刊金曜日」から出版されたベストセラー「買ってはいけない」の著者の一人である、と言えば、お里が知られよう。
「超毒物ダイオキシン」というタイトルからして、いかにもおどろおどろしい。「魔女狩り」騒ぎを煽った典型的な本である。
こういう本の煽動に乗せられないためには、まず著者がどのような経歴を持つ人か、調べてみること。アマゾンで著書を調べたり、グーグルなどで関連情報を検索してみるのが良い。
次に自分自身の常識から、著者の主張を考えてみること。「地下鉄サリン事件と比べても被害が軽すぎないか?」というのは、その一例である。特に数字は要チェックだ。「入院する子どももいた」というのは、何人入院したかという数字がない。
「塩素系毒性物質による挫瘡を患ったのは被曝3万人のうち152人である」という表現と比べてみれば、その違いがよく分かるだろう。こういう煽動本は、数字がないか、あっても他の数字と辻褄が合わない場合が多い。
■7.「サリンの約17倍の急性毒性」!?■
ダイオキシン騒ぎがここまで広がったのも、「サリンの17倍の毒性」というような見事なキャッチフレーズが使われたからだが、その根拠はこんな風に説明されている。
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急性毒性を見てみよう。毒ガス兵器のサリンは、モルモットに体重1キログラムあたり10マイクログラムを投与すると、その半数が死亡する。一方、2・3・7・8-四塩化ダイオキシンはモルモットに体重1キログラムに0.6マイクログラム投与しただけで、その半数が死亡する。つまり、サリンの約17倍の急性毒性があるのだ。[2,p11]
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モルモットが0.6マイクログラムで半数が死亡するというのはデータのつまみ食いで、環境省のダイオキシンに関するホームページでは、0.6~20マイクログラムと表現されており、その一番厳しい数値をとったものだ。20マイクログラムならサリンの半分となる。
それでも怖いが、通常のマウスは100~3000マイクログラム,ハムスターなら1000~5000マイクログラムと同じネズミの仲間でも、とんでもない開きがある。こういう部分を無視して、モルモットの数字だけつまみ食いして、「サリンの17倍」というフレーズが作られているのである。
■8.「キャッチ」フレーズに捕まるな■
さらに、0.6マイクログラムという極端な値を使ったとしても、我々の日常生活では全く危険性はない。我々が日常生活で一日に取り込むダイオキシン量は体重1キログラムあたりに換算すると、0.6マイクログラムの30万分の一である。
ダイオキシンの大半は食品から体内に入る事が分かっており、0.6マイクログラムを摂取するには、30万日、すなわち820年分の食べ物を一気食いしなければならない。
自然界にはもっと危険な毒物が存在する。たとえばアルコール(エタノール)。その致死量は体重1キロあたり6~8グラム。体重50キロの人で300~400グラム。日本酒なら一升瓶1本半ほどの量である。いわゆる「イッキ飲み」で死亡する急性アルコール中毒がこれだ。
急性・慢性を合わせると日本では年間3万人がアルコール中毒で死んでいると推定される。「超毒物アルコール」と題して、「日本では年間3万人も死んでいる」とでも言った方が、はるかに事実に近いのである。
キャッチフレーズとか、キャッチコピーの「キャッチ」とは「捕まえる」という意味である。魔女狩りの騒ぎの一員に加えられてしまう、という事だ。「サリンの17倍の毒性」というような表現をそのまま信じて、周囲の人に話したりしたら、あなた自身も魔女狩りに加わり、さらに他の人をも巻き込んでいる事になる。
■9.騒ぎの後で■
こういう騒ぎも平成12(2000)年以降は、潮が引くように収まっていった。実体的な被害がないのだから、それも当然だ。その後の科学的研究で、体内に入るダイオキシンのほとんどは昭和30~40年代に多用された農薬の不純物が食物連鎖によって近海魚などの食品を経由したもの、という事が分かってきた。
そしてその量は、上述のように通常の食生活をしている人ならば問題のないレベルである。さらに農薬規制で、人体中のダイオキシン濃度もここ20年ほど減り続けている。増え続けるゴミの焼却量から発生するダイオキシンなどどこ吹く風と、日本人の平均寿命は伸び続けている。
残ったのは、「科学的知見が不足しているが、極めて大きな社会問題としてとりあげられている状況」の中で「特別措置」として制定されたダイオキシン法である。
全国市町村にある焼却炉で基準に達していないものの改修には数十億円かかり、それでも10年しか持たない。大型焼却炉の新設には数百億円かかる。改修・新設を全国展開するには、年間国家予算の半分、40兆円ほど必要と見積もられている。
道路公団など関連4公団の累積赤字40兆円と同じ規模だ。道路ならまだ役に立つが、国民の健康にも役立たない焼却炉改修に金を使うとは、国富の浪費そのものである。
騒ぎを煽って本を売った「営業左翼」や「プロ市民」、視聴率を稼いだテレビ局、法律制定で得点をあげた政党・官僚。これらが魔女狩り騒ぎを盛り上げた犯人たちである。
この6月16日、ニュース・ステーションのホウレンソウ報道で風評被害を受けた農家がテレビ朝日を訴えていた訴訟で、最高裁は「報道に真実性があるとはいえない」と指摘、テレビ朝日が原告の農家側に謝罪したうえで和解金を支払うという形で決着した。ようやく騒ぎを煽った犯人たちの一部に責任を取らせたわけだが、まだまだ氷山の一角に過ぎない。
こういう魔女狩り騒ぎを起こさせないためには、我々国民一人ひとりが健全な常識と思考力を鍛えて、マスコミに踊らされないようにするのが基本だろう。それは民主主義の基盤そのものである。 (文責:伊勢雅臣)
謝辞: 本号のテーマに関して情報提供いただいた「ぎょうざ」
さんに誌面をお借りして御礼申し上げます。
■リンク■
a. JOG(163) 公開論争~朝日新聞 vs. 建設省
「事実を隠している」との朝日新聞の論説に建設省が反論。国民を騙しているのはどちらか?
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog163.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
→アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 渡辺正他、「ダイオキシン 神話の終焉」★★、日本評論社、H15
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4535048223/japanontheg01-22%22
2. 渡辺雄二、「超毒物ダイオキシン」、ふたばらいふ新書、H10
3. 日高隆、「それは違う!」★★★、文春文庫、H13
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167655020/japanontheg01-22%22
4. 産経新聞、「【主張】テレビ朝日和解 報道の責務を再考したい」、H16.06.18、東京朝刊
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■フォフォさんより
「ダイオキシン騒動」だいぶ昔のことになりましたね。あまり報道もされなくなったので、「あれ、それなんだったけ?」というような友人もたまにいるようになりました。
そもそも、「ダイオキシン」という読み方が間違っています。正しくは「ジオキシン」なのです。化学をやっている人なら、「ジオキサン」を「ダイオキサン」とは呼ばないことはお分かりかと思います。
ただ、変な読み方のせいか「よくは知らないが、なんとなく恐ろしい物質」と思っている人は今でも多いようです。「恐ろしい」「危険だ」はすぐに広まりますが、「それほど恐れる物質ではない」というのは、どこのマスコミも殆ど報道しないですから。
また、報道するにしても「ダイオキシンは騒動の時に喧伝されたような毒性はないようだ。しかし、騒動になったのは化学会社が正確な知識を国民に知らせようとしなかったことも原因である」というような主旨の新聞記事を見たことがあります。
散々、事実と異なる報道をしておき、国民を扇動しておきながら、間違っていたら居直り、他人のせいにする。いつもと同じパターンです。
化学会社は立ち上がるべきなのではないでしょうか?私の会社も「環境ホルモン」では、だいぶやられました。NHKさんらによって・・・・・・。受信料払うどころではなく、損害賠償もらいたいです。
経営者はマスコミに左右されずに本当のことをなるべく知り、真っ当な道で儲けることを考えて欲しいと思います。それが、長い目で見て国力を上げることにつながると考えています。
■太郎左衛門さんより
私は現在化学品分析の測定装置を研究いたしておりますが、「扇動」には驚かされることがあります。
まず、ダイオキシンですが、ダイオキシン自体色々種類があり、数十種類に達します。その中で毒性の強い物は2種です。ダイオキシン自体は、印刷用のインキを処理する際にも簡単に出てきて、牛乳の紙パックなどのインキからも検出されます。(ppb、ppt:1/10億、1/兆レベルですが) つまり、どこにでも存在するのです。
友人が電池の研究をしているのですが、電池工場に主婦が怒鳴り込んでまいりました。水銀を垂れ流していると言うのです。担当者は「当社は水銀を使用しておりません」と答えたのですが、主婦の意見としては、「アナタの所は銀を使っている、銀が水に溶けると水銀になるでしょう。」と独自の理論で反論いたします。説明しても全く理解してもらえなかったそうです。
こういう普通の主婦でも、煽動されて大きな力になる事があります。良識、常識が大切な所以です。
■ 編集長・伊勢雅臣より
自分の無知を自覚したり、思いこみによる誤りを正そうとす
るのも良識の働きですね。
以上