No.465 ないないづくしの教育基本法
現在の教育基本法には、家庭教育、幼児教育、地域教育、文化伝統教育、環境教育の視点がない。
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■本稿はステップメール講座「教育再生」に収録されています
ステップメール講座は、特定テーマに関して、過去の弊誌記事を体系的に整理し、お申し込みいただいた受講者に第1号から順次、週1~2編のペースでお送りする無料講座です。
「教育再生」の目次、およびお申し込みは以下のページからどうぞ
JOG Step 教育再生 開講
http://jog-memo.seesaa.net/article/201305article_2.html
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■1.「ないないづくしの教育基本法」■
青少年犯罪や、学級崩壊、学力低下などの問題から、現在の教育がうまく行っていない、と多くの国民が感じている。安倍政権(第一次)も教育基本法改正を最優先する方針を打ち出した[1]。 しかし、教育基本法のどこがどう問題なのか、考えたことのある国民は少ないだろう。
先の通常国会で、政府は「国と郷土を愛する態度」を謳う教育基本法改正案を提出し、民主党は「日本を愛する心」を盛り込んだ対案を提出した。愛国心をどう涵養するか、という点に議論が集中しがちだが、現行教育基本法の大きな欠陥は、これだけではない。家庭教育、幼児教育、地域教育、文化伝統教育、環境教育などの視点も欠けている。まさに「ないないづくしの教育基本法」なのだ。
今回は衆参両院の過半数を超える378人の国会議員が参加している「教育基本法改正促進委員会」が発表した独自の「新教育基本法案」(以下「新法案」と呼ぶ)をベースに、現行基本法の問題を考えてみたい。
■2.家庭科教科書で離婚の勧め?!■
家庭教育について、現在の教育基本法は以下のように述べるだけである。
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第7条(社会教育) 家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない。
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これでは、どのような家庭教育を目指すのかが不明である。ある高校用家庭科教科書には、
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A子さんとB男さんは結婚して二十年ですが、八年前から別居中です。きっかけはA子さんに別の好きな人ができたから。この二人は離婚できるでしょうか。[2,p101]
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などと、まるで離婚の勧めが書かれている。この二人に子供がいたら、さぞ悲しい思いをするだろう、などという想像は「想定外」なのである。生徒がこの教科書から、夫婦とはこういうものだと思いこんでしまえば、子供なぞ生まない方が良いと考えてしまうだろう。少子化になるのも、当然である。
また、こんな風に家庭を描く教科書もある。
__________
祖母は孫を家族と考えていても、孫は祖母を家族と考えない場合もあるだろう。・・・犬や猫のペットを大切な家族の一員と考える人もいる。[2,p101]
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お祖母さんよりも犬猫を家族と考えても構わない、と教えているかのようである。祖父母がいてくれたからこそ、父母がおり、自分たち子供がいる、というのが家族の基本である、という常識がそもそも欠如しているのである。
■3.子育ては「至福の時の積み重ね」■
このような風潮を糺すべく、新法案では第五条に「家庭教育」という項目を新設し、こう規定している。
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教育の原点は家庭にあり、親は人生最初の教師であることを自覚し、自らが保護する子供を教育する第一義的責任を有する。
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「親は人生最初の教師である」という事は、責任だけではなく、実は親自身の喜びであり、また成長の機会でもあると、西川京子・衆議院議員は自らの母親体験から語る。
__________
一方で、自由を謳歌している独身女性にとっては、子育てというのは、自分の時間を奪われる上、最近は子供を取り巻く嫌なニュースも多いですから、どうしてもマイナス・イメージを持ちがちです。確かに辛いこともありますが、子育てというのは、経験された方には判ってもらえると思いますが、すぐには目に見えない宝物が詰まった、実は至福の時の積み重ねなんですよ。・・・
それに子育てをする中で何物にも替えがたい宝物や充実感を得られ、仕事に戻った時も恐らく仕事の幅が広がるし、人間的にもこんなに成長できるよ。----こうしたメッセージも、「家庭教育」を支援することを通じて積極的に発信していきたいですね。[2,p100]
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■4.「わぁ素敵! 私も結婚しよう! 子供を生もう!」■
これに応えて、同じくママさん議員の後藤博子・参議院はこう語る。
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先日、地元大分の大学で講演させてもらったんです。いまどきの学生さんたちは、出産は苦しくて痛いと思っているんですね。
確かに苦痛なんですが、生まれた瞬間に、本当に今まで感じたことのない喜びを感じて、旦那さんと目と目を見合わせて「お互いに親になったね」と感動したのよと話したら、学生たちが、「わぁ素敵! 私も結婚しよう! 子供を生もう!」という空気になってしまったんですよ。
ですから、お母さんもおばあちゃんも、もっと出産のときの喜び・感動を、子供や孫に話したらいいと思いますね。[2,p101]
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■5.「幼児教育は家庭が主」■
「家庭」という視点の欠如した現行の教育基本法は、当然ながら幼児教育についても、何も語らない。新法案では幼児教育について、以下のように詳細に規定している。
__________
第6条(幼児教育)1 幼児教育が生涯にわたる人間形成の基礎となる重要性にかんがみ、国及び地方公共団体は、その振興に努めるものとする。・・・
3 幼児教育は、家庭との緊密な連携を図り、これを助け、かつ補完するものでなければならない。
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この第3項で、幼児教育は家庭が主で、国や地方公共団体はそれを支援・補完するという位置づけがなされている。西川京子・衆議院議員は、その背景をこう説明している。
__________
ヨーロッパでは乳児教育はしていません。少なくとも最低生まれてから一年間は母親が面倒を見るという基本路線は守っていますよ。日本だけですよ、生まれて2、3ヶ月の赤ちゃんをお母さんから引き離すようなことをする国は。
子供は生まれてから6ヶ月が勝負なんです。同じ顔が自分の目の前に毎日現れて、笑顔でおっぱいをくれる、それを6ヶ月間続けることによって自分と他者との信頼感が育つわけですね。・・・
ですから、・・・「乳児は預かりません。その代わり、育児休業制度を整備し、経済的な手当ても含めて、みんなが安心して育児休業がとれて、さらに職場にきちんと復帰できるシステムを作ります」という姿勢を、国として打ち出そうということにしたのです。[2, p104]
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従来の厚生労働省の方針は、乳児にも24時間保育を行なおう、というものだったが、これは働き方に子育てを合わせる、という考え方であった。今回の新法案では、これを転換して、小さな子供をもっている父親・母親は、まず子育てを家庭で最優先して貰い、それが出来るよう、社会制度の方を改革していこう、という方針を採用したのである。
■6.「子供たちには地域の秋祭りにぜひ参加させてあげたい」■
教育の場として、家庭とともに地域がある。地域教育にいたっては、現在の教育基本法はその言葉すら出てこないが、新法案では次のように明記している。
__________
第8条(学校・家庭・地域の連携と協力) 国及び地方公共団体は学校、家庭及び地域社会が相互に緊密な連携と協力を図り、教育の目的達成と教育環境の整備を図るよう努めるものとする。
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高市早苗・衆議院議員は、地域社会とのつながりを実感させる機会として、地域のお祭りを勧める。
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子供たちには、地域の秋祭りにぜひ参加させてあげたい。農産物の実りに感謝する伝統文化そのものですし、同時に秋祭りは地元の人々が懸命に作り上げるものですから、地域とのつながりを実感させる絶好の機会にもなる。
ところが、神社からお神輿(みこし)がでることもあって秋祭りに参加させることが教育基本法第九条(*)に抵触するといわれる。しかし、地域の人々が懸命に準備した秋祭りに参加して地域の伝統を肌で知るチャンスを奪うことが果たして子供たちのためになるのでしょうか。
* 第9条2項: 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教教育その他の宗教的活動をしてはならない
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お祭りそのものが子供たちには楽しいイベントだが、そのために地元の人たちが無償で働く姿そのものが貴重な教材であると言えよう。自分たちは地域に守られ、支えられていると気がつくことから、自分も地域のために何か貢献したい、という感謝報恩の心につながる。そういう心をもった人間を育てたいものである。
■7.「自分たちのふるさとは自分たちで守るんだ」■
「地域のための貢献をしよう」という心を育てるために、古川禎久・衆議院議員は、次のようなアイデアを語る。
__________
地域との係わり合いや国家・社会への貢献という面では、「公民教育」の分野で、消防団に光を当てたいと思います。
消防団の皆さんは別に公務員ではなくて、純粋にボランティアですよね。それぞれ仕事を持ちながら地元を守るために日々訓練し、消火活動に従事している。「一旦緩急あれば義勇公に奉じ(JOG注:教育勅語中の一節。非常の際には、正義と勇気を持って公のために尽くし)」ではないですが、火事が起これば、自分の仕事を放り投げてでも消火活動を行う。
「自分たちのふるさとは自分たちで守るんだ」という気概に満ちた消防団こそ、「国民が社会における自己の責任を自覚し、国家社会の発展に積極的役割を担う」という精神を体現していると思いますね。[2,p39]
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子供たちが消防団に体験入隊したり、その活動を手伝うことで、地域のために役立つ喜びを感じる機会を持てるだろう。それは健全な大人になるための不可欠のプロセスである。
■8.「自然との共生や一体感をはぐくむ教育」■
地域とは、人々の共同体であるとともに、それを支える自然環境も含む。現在の教育基本法は自然や環境への言及はまったくないが、新法案では環境教育についても一項を立てている。
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第17条(環境教育) 地球環境を保全するため、あらゆる段階において、自然を尊び、自然との共生や一体感をはぐくむ教育を重視するものとする。
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この項目の趣旨について、古川禎久・衆議院議員はこう解説する。
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日本の神話、特に天照大神の「天壌無窮の神勅」には、「豊葦原(とよあしはら)の瑞穂(みずほ)の国」という形で、わが日本は稲穂の国だと表現されていんですね。ですから、天皇陛下は春になると、皇居にある田んぼで自ら苗を植えられ、秋には収穫され、その稲穂を宮中三殿と伊勢神宮に捧げられている。
また、「日本書紀」でも、スサノヲノミコトが日本にはこんなに素晴らしい樹木という宝物があるではないかとおっしゃって、スサノヲは樹木神ということになっている。
ですから、日本には、美しい緑の国土があり、稲作を中心とした村落共同体がしっかりとあって、そこから我が国の歴史・伝統・文化も生まれてきた。それが自然との共生であったり、豊かな恵みに感謝する心であったり、和を尊ぶ人間関係、わび・さび・もののあわれという美意識であったわけです。
その意味で、「環境教育」を通じて、日本の伝統的価値観の素晴らしさに気付かせると共に、日本が稲作共同体であったという歴史をきちんと受け継がせたいと考えたのです。[2,p43]
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地域教育は、地域の自然への愛情につながり、そしてその自然を守り、また自然に守られてきた先祖の歴史・文化・伝統にもつながっていく。子供たちにはそうした広やかな世界にぜひ目を開いて貰いたいものである。
■9.「人間は生まれながらにして尊厳がある」のか?■
現行の教育基本法は「われら、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期する」と謳うように、そこに描かれた人間像は、虚空を飛び交う原子のように、共同体から切り離された「個人」でしかない。家族、地域、国家という根っこを持たなければ、それこそ、好き勝手に離婚し、祖母よりも犬猫を大事にするような人間しか育たないのではないか。
__________
伝統や慣習、道徳律というものをしっかり身につけ、共同体の一員としていかに価値ある生き方をするのかを懸命に求めようとするところに「人間としての尊厳」があるのであって、そうした努力をしない人に対しても無条件に「尊厳」を認めてしまうという考え方は、少なくとも教育の場にはなじまないのではないでしょうか。・・・
何故なら、「人間は生まれながらにして尊厳がある」という言い方をしていると、結局は子供たちに「先人が築いてきた伝統や文化、そして道徳や生活習慣などを身につけなくともいい」という誤ったメッセージを送ってしまうことになるからです。(鷲尾英一郎・衆議院議員)[2,p54]
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「個人の尊厳」とは、家庭、地域、国家、国際社会という共同体の中で、各個人がその個性と能力を磨いて貢献をなす過程で、もたらされるものである。こういう基本的な人間観が欠落しているのが、現行の教育基本法の本質的な欠陥であり、現代日本の多くの教育問題もここから起こっている、と考えられる。
(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(170) 個人主義の迷妄~「国民の道徳」を読む 奉仕活動をする青年も、援助交際をする女子高生も、同じく「個人の尊厳」では、、、
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogbd_h12/jog170.html
B. JOG(442) 「科学から空想へ」 ~ 現代日本の教育思想の源流 「子供の権利」「自己決定権」「個性尊重」など の教育思想の源泉にある「空想」。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogdb_h18/jog442.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け) →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 産経新聞、「安倍政権の政策 『教育法改正』最優先に テロ特措法の成立期す」、H18.09.21 東京朝刊 2頁
2. 教育基本法改正促進委員会起草委員会「教育激変―新教育基本法案がめざす「家庭」「学校」「日本」の10年後」★★★、明成社、H18
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■「ないないづくしの教育基本法」に寄せられたおたより
■「2児の母」さんより
安倍新総理が教育基本法も改正する、と言われていて、でも具体的にどのように変えようとしているのかまでわからなくて不安でしたが、今号を拝読いたしまして、今の教育基本法の足りなかった部分、一番大事な土台の部分を明文化されるのだということがわかってほっとしました。
そう、この部分が欠落していたために、道徳の時間も、私の子どもの頃にも授業時間は確かにありましたが、何を具体的に教える時間なのか、まで統一したものがなかったようで、あって無きが如くのような時間でした。この部分がしっかりとして初めて、他国の文化との違いもはっきりと意識され、受け入れるもの、拒否するものを選別する価値判断基準になると思います。
今の家庭科の教科書にそのような記述があるというのは、初めて知りました。あまりの価値観の違いに驚きです。おかしいことをおかしい、と言えずに、それもあり、あれもあり、と受け入れていった挙句の果ての結果だろうか?と首を傾げたくなるような記述です。
昔ながらの伝統を古い風習と否定してしまっては、きっとこの国は日本国でなくなってしまうと思います。新しいものもそれはそれで良しとする反面、大事なことが伝統の中に今も息づいている部分が必ずあると思うので、有名な四字熟語やことわざにあります、「温故知新」「初心忘れるべからず」、きっと今でも生きている言葉だと思います。
■ 編集長・伊勢雅臣より
教育基本法に関する議論を通じて、今後のわが国の教育のあ
るべき姿を描いていく事が大切だと思います。
■初出
Japan On the Globe 国際派日本人養成講座
No.465 ないないづくしの教育基本法
平成18(2006)年10月1日発信
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■本稿はステップメール講座「教育再生」に収録されています
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「教育再生」の目次、およびお申し込みは以下のページからどうぞ
JOG Step 教育再生 開講
http://jog-memo.seesaa.net/article/201305article_2.html
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■1.「ないないづくしの教育基本法」■
青少年犯罪や、学級崩壊、学力低下などの問題から、現在の教育がうまく行っていない、と多くの国民が感じている。安倍政権(第一次)も教育基本法改正を最優先する方針を打ち出した[1]。 しかし、教育基本法のどこがどう問題なのか、考えたことのある国民は少ないだろう。
先の通常国会で、政府は「国と郷土を愛する態度」を謳う教育基本法改正案を提出し、民主党は「日本を愛する心」を盛り込んだ対案を提出した。愛国心をどう涵養するか、という点に議論が集中しがちだが、現行教育基本法の大きな欠陥は、これだけではない。家庭教育、幼児教育、地域教育、文化伝統教育、環境教育などの視点も欠けている。まさに「ないないづくしの教育基本法」なのだ。
今回は衆参両院の過半数を超える378人の国会議員が参加している「教育基本法改正促進委員会」が発表した独自の「新教育基本法案」(以下「新法案」と呼ぶ)をベースに、現行基本法の問題を考えてみたい。
■2.家庭科教科書で離婚の勧め?!■
家庭教育について、現在の教育基本法は以下のように述べるだけである。
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第7条(社会教育) 家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない。
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これでは、どのような家庭教育を目指すのかが不明である。ある高校用家庭科教科書には、
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A子さんとB男さんは結婚して二十年ですが、八年前から別居中です。きっかけはA子さんに別の好きな人ができたから。この二人は離婚できるでしょうか。[2,p101]
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などと、まるで離婚の勧めが書かれている。この二人に子供がいたら、さぞ悲しい思いをするだろう、などという想像は「想定外」なのである。生徒がこの教科書から、夫婦とはこういうものだと思いこんでしまえば、子供なぞ生まない方が良いと考えてしまうだろう。少子化になるのも、当然である。
また、こんな風に家庭を描く教科書もある。
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祖母は孫を家族と考えていても、孫は祖母を家族と考えない場合もあるだろう。・・・犬や猫のペットを大切な家族の一員と考える人もいる。[2,p101]
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お祖母さんよりも犬猫を家族と考えても構わない、と教えているかのようである。祖父母がいてくれたからこそ、父母がおり、自分たち子供がいる、というのが家族の基本である、という常識がそもそも欠如しているのである。
■3.子育ては「至福の時の積み重ね」■
このような風潮を糺すべく、新法案では第五条に「家庭教育」という項目を新設し、こう規定している。
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教育の原点は家庭にあり、親は人生最初の教師であることを自覚し、自らが保護する子供を教育する第一義的責任を有する。
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「親は人生最初の教師である」という事は、責任だけではなく、実は親自身の喜びであり、また成長の機会でもあると、西川京子・衆議院議員は自らの母親体験から語る。
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一方で、自由を謳歌している独身女性にとっては、子育てというのは、自分の時間を奪われる上、最近は子供を取り巻く嫌なニュースも多いですから、どうしてもマイナス・イメージを持ちがちです。確かに辛いこともありますが、子育てというのは、経験された方には判ってもらえると思いますが、すぐには目に見えない宝物が詰まった、実は至福の時の積み重ねなんですよ。・・・
それに子育てをする中で何物にも替えがたい宝物や充実感を得られ、仕事に戻った時も恐らく仕事の幅が広がるし、人間的にもこんなに成長できるよ。----こうしたメッセージも、「家庭教育」を支援することを通じて積極的に発信していきたいですね。[2,p100]
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■4.「わぁ素敵! 私も結婚しよう! 子供を生もう!」■
これに応えて、同じくママさん議員の後藤博子・参議院はこう語る。
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先日、地元大分の大学で講演させてもらったんです。いまどきの学生さんたちは、出産は苦しくて痛いと思っているんですね。
確かに苦痛なんですが、生まれた瞬間に、本当に今まで感じたことのない喜びを感じて、旦那さんと目と目を見合わせて「お互いに親になったね」と感動したのよと話したら、学生たちが、「わぁ素敵! 私も結婚しよう! 子供を生もう!」という空気になってしまったんですよ。
ですから、お母さんもおばあちゃんも、もっと出産のときの喜び・感動を、子供や孫に話したらいいと思いますね。[2,p101]
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■5.「幼児教育は家庭が主」■
「家庭」という視点の欠如した現行の教育基本法は、当然ながら幼児教育についても、何も語らない。新法案では幼児教育について、以下のように詳細に規定している。
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第6条(幼児教育)1 幼児教育が生涯にわたる人間形成の基礎となる重要性にかんがみ、国及び地方公共団体は、その振興に努めるものとする。・・・
3 幼児教育は、家庭との緊密な連携を図り、これを助け、かつ補完するものでなければならない。
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この第3項で、幼児教育は家庭が主で、国や地方公共団体はそれを支援・補完するという位置づけがなされている。西川京子・衆議院議員は、その背景をこう説明している。
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ヨーロッパでは乳児教育はしていません。少なくとも最低生まれてから一年間は母親が面倒を見るという基本路線は守っていますよ。日本だけですよ、生まれて2、3ヶ月の赤ちゃんをお母さんから引き離すようなことをする国は。
子供は生まれてから6ヶ月が勝負なんです。同じ顔が自分の目の前に毎日現れて、笑顔でおっぱいをくれる、それを6ヶ月間続けることによって自分と他者との信頼感が育つわけですね。・・・
ですから、・・・「乳児は預かりません。その代わり、育児休業制度を整備し、経済的な手当ても含めて、みんなが安心して育児休業がとれて、さらに職場にきちんと復帰できるシステムを作ります」という姿勢を、国として打ち出そうということにしたのです。[2, p104]
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従来の厚生労働省の方針は、乳児にも24時間保育を行なおう、というものだったが、これは働き方に子育てを合わせる、という考え方であった。今回の新法案では、これを転換して、小さな子供をもっている父親・母親は、まず子育てを家庭で最優先して貰い、それが出来るよう、社会制度の方を改革していこう、という方針を採用したのである。
■6.「子供たちには地域の秋祭りにぜひ参加させてあげたい」■
教育の場として、家庭とともに地域がある。地域教育にいたっては、現在の教育基本法はその言葉すら出てこないが、新法案では次のように明記している。
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第8条(学校・家庭・地域の連携と協力) 国及び地方公共団体は学校、家庭及び地域社会が相互に緊密な連携と協力を図り、教育の目的達成と教育環境の整備を図るよう努めるものとする。
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高市早苗・衆議院議員は、地域社会とのつながりを実感させる機会として、地域のお祭りを勧める。
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子供たちには、地域の秋祭りにぜひ参加させてあげたい。農産物の実りに感謝する伝統文化そのものですし、同時に秋祭りは地元の人々が懸命に作り上げるものですから、地域とのつながりを実感させる絶好の機会にもなる。
ところが、神社からお神輿(みこし)がでることもあって秋祭りに参加させることが教育基本法第九条(*)に抵触するといわれる。しかし、地域の人々が懸命に準備した秋祭りに参加して地域の伝統を肌で知るチャンスを奪うことが果たして子供たちのためになるのでしょうか。
* 第9条2項: 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教教育その他の宗教的活動をしてはならない
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お祭りそのものが子供たちには楽しいイベントだが、そのために地元の人たちが無償で働く姿そのものが貴重な教材であると言えよう。自分たちは地域に守られ、支えられていると気がつくことから、自分も地域のために何か貢献したい、という感謝報恩の心につながる。そういう心をもった人間を育てたいものである。
■7.「自分たちのふるさとは自分たちで守るんだ」■
「地域のための貢献をしよう」という心を育てるために、古川禎久・衆議院議員は、次のようなアイデアを語る。
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地域との係わり合いや国家・社会への貢献という面では、「公民教育」の分野で、消防団に光を当てたいと思います。
消防団の皆さんは別に公務員ではなくて、純粋にボランティアですよね。それぞれ仕事を持ちながら地元を守るために日々訓練し、消火活動に従事している。「一旦緩急あれば義勇公に奉じ(JOG注:教育勅語中の一節。非常の際には、正義と勇気を持って公のために尽くし)」ではないですが、火事が起これば、自分の仕事を放り投げてでも消火活動を行う。
「自分たちのふるさとは自分たちで守るんだ」という気概に満ちた消防団こそ、「国民が社会における自己の責任を自覚し、国家社会の発展に積極的役割を担う」という精神を体現していると思いますね。[2,p39]
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子供たちが消防団に体験入隊したり、その活動を手伝うことで、地域のために役立つ喜びを感じる機会を持てるだろう。それは健全な大人になるための不可欠のプロセスである。
■8.「自然との共生や一体感をはぐくむ教育」■
地域とは、人々の共同体であるとともに、それを支える自然環境も含む。現在の教育基本法は自然や環境への言及はまったくないが、新法案では環境教育についても一項を立てている。
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第17条(環境教育) 地球環境を保全するため、あらゆる段階において、自然を尊び、自然との共生や一体感をはぐくむ教育を重視するものとする。
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この項目の趣旨について、古川禎久・衆議院議員はこう解説する。
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日本の神話、特に天照大神の「天壌無窮の神勅」には、「豊葦原(とよあしはら)の瑞穂(みずほ)の国」という形で、わが日本は稲穂の国だと表現されていんですね。ですから、天皇陛下は春になると、皇居にある田んぼで自ら苗を植えられ、秋には収穫され、その稲穂を宮中三殿と伊勢神宮に捧げられている。
また、「日本書紀」でも、スサノヲノミコトが日本にはこんなに素晴らしい樹木という宝物があるではないかとおっしゃって、スサノヲは樹木神ということになっている。
ですから、日本には、美しい緑の国土があり、稲作を中心とした村落共同体がしっかりとあって、そこから我が国の歴史・伝統・文化も生まれてきた。それが自然との共生であったり、豊かな恵みに感謝する心であったり、和を尊ぶ人間関係、わび・さび・もののあわれという美意識であったわけです。
その意味で、「環境教育」を通じて、日本の伝統的価値観の素晴らしさに気付かせると共に、日本が稲作共同体であったという歴史をきちんと受け継がせたいと考えたのです。[2,p43]
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地域教育は、地域の自然への愛情につながり、そしてその自然を守り、また自然に守られてきた先祖の歴史・文化・伝統にもつながっていく。子供たちにはそうした広やかな世界にぜひ目を開いて貰いたいものである。
■9.「人間は生まれながらにして尊厳がある」のか?■
現行の教育基本法は「われら、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期する」と謳うように、そこに描かれた人間像は、虚空を飛び交う原子のように、共同体から切り離された「個人」でしかない。家族、地域、国家という根っこを持たなければ、それこそ、好き勝手に離婚し、祖母よりも犬猫を大事にするような人間しか育たないのではないか。
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伝統や慣習、道徳律というものをしっかり身につけ、共同体の一員としていかに価値ある生き方をするのかを懸命に求めようとするところに「人間としての尊厳」があるのであって、そうした努力をしない人に対しても無条件に「尊厳」を認めてしまうという考え方は、少なくとも教育の場にはなじまないのではないでしょうか。・・・
何故なら、「人間は生まれながらにして尊厳がある」という言い方をしていると、結局は子供たちに「先人が築いてきた伝統や文化、そして道徳や生活習慣などを身につけなくともいい」という誤ったメッセージを送ってしまうことになるからです。(鷲尾英一郎・衆議院議員)[2,p54]
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「個人の尊厳」とは、家庭、地域、国家、国際社会という共同体の中で、各個人がその個性と能力を磨いて貢献をなす過程で、もたらされるものである。こういう基本的な人間観が欠落しているのが、現行の教育基本法の本質的な欠陥であり、現代日本の多くの教育問題もここから起こっている、と考えられる。
(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(170) 個人主義の迷妄~「国民の道徳」を読む 奉仕活動をする青年も、援助交際をする女子高生も、同じく「個人の尊厳」では、、、
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogbd_h12/jog170.html
B. JOG(442) 「科学から空想へ」 ~ 現代日本の教育思想の源流 「子供の権利」「自己決定権」「個性尊重」など の教育思想の源泉にある「空想」。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogdb_h18/jog442.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け) →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 産経新聞、「安倍政権の政策 『教育法改正』最優先に テロ特措法の成立期す」、H18.09.21 東京朝刊 2頁
2. 教育基本法改正促進委員会起草委員会「教育激変―新教育基本法案がめざす「家庭」「学校」「日本」の10年後」★★★、明成社、H18
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■「ないないづくしの教育基本法」に寄せられたおたより
■「2児の母」さんより
安倍新総理が教育基本法も改正する、と言われていて、でも具体的にどのように変えようとしているのかまでわからなくて不安でしたが、今号を拝読いたしまして、今の教育基本法の足りなかった部分、一番大事な土台の部分を明文化されるのだということがわかってほっとしました。
そう、この部分が欠落していたために、道徳の時間も、私の子どもの頃にも授業時間は確かにありましたが、何を具体的に教える時間なのか、まで統一したものがなかったようで、あって無きが如くのような時間でした。この部分がしっかりとして初めて、他国の文化との違いもはっきりと意識され、受け入れるもの、拒否するものを選別する価値判断基準になると思います。
今の家庭科の教科書にそのような記述があるというのは、初めて知りました。あまりの価値観の違いに驚きです。おかしいことをおかしい、と言えずに、それもあり、あれもあり、と受け入れていった挙句の果ての結果だろうか?と首を傾げたくなるような記述です。
昔ながらの伝統を古い風習と否定してしまっては、きっとこの国は日本国でなくなってしまうと思います。新しいものもそれはそれで良しとする反面、大事なことが伝統の中に今も息づいている部分が必ずあると思うので、有名な四字熟語やことわざにあります、「温故知新」「初心忘れるべからず」、きっと今でも生きている言葉だと思います。
■ 編集長・伊勢雅臣より
教育基本法に関する議論を通じて、今後のわが国の教育のあ
るべき姿を描いていく事が大切だと思います。
■初出
Japan On the Globe 国際派日本人養成講座
No.465 ないないづくしの教育基本法
平成18(2006)年10月1日発信