JOG(656) バブル崩壊に向かう中国経済

税金で入場者数の底上げをする上海万博は中国経済の縮図そのもの


■1.上げ底の万博入場者数

「会社が企画した万博ツアーで来たんだ。費用はすべて会社持ち。食事もタダ」と、40人の仲間とともに、観光バスで上海の万博会場についた江蘇省揚州の機械工はわくわくした表情で話した、と朝日新聞は伝える[1]。

「会社」と言っても、国有企業だから、要は中国政府が税金を使って、万博の入場者数を底上げしているのである。底上げの背景を、同記事はこう説明している。

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 万博会場では、5月後半からこうした団体客が急に目立つようになった。それまで、万博の入場者は目標を大幅に割り込んでいた。

 万博事務局は10月末までの会期中の目標入場者数を史上最多の7千万人と定め、1日平均38万人が訪れると予想。しかし、開幕1週間の平均は15万人程度で、8万人台の日もあった。「目標達成は厳しい」と指摘する世論も強まっていた。

 ところが、地元紙の第一経済日報によると、3万~5万人しかいなかった団体客が、20日ごろから10万~15万人に急増。入場者が50万人を上回った29日には18万人の団体予約が入っていた。

 パビリオン予約券を増やすなど団体客向けサービスを充実させたほか、上海市政府が地方政府や国有企業などに団体客を動員するよう呼びかけたためともいわれる。
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 こうした「底上げ」努力が実って、上海万博では、過去最高の大阪万博よりも12日早く、入場者2千万人を達成した。[2]

 万博の成功度は入場者数で評価されるようなので、中国政府としては面子にかけても「史上最高」を達成しなければならないと考えているようだ。そこで、税金を投じて動員をかけるという「裏技」まで使い出したのである。


■2.「行列免除(めんじょ)の人に対する非難の声」

 数字はさておき、会場風景にもこの国らしさが漂う。朝日新聞のある論説子は「上海万博に行く?」という意味深なタイトルで、次のような体験談を紹介している。[3]

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開幕日と翌日の2日間で、入館できたのはたった六つ。日本館など人気のパビリオンには3時間前後並ばなければならなかったからだ。・・・

 帰国後も印象に残っているのは、行列を共にした中国の人々とのふれ合いだ。

 共産党独裁の下、権威(けんい)主義のはびこる中国では、権力を持つ人は行列とは無縁(むえん)だ。空港、駅、劇場など至るところに特別の入り口や通路がある。万博会場でも、黒いリムジンがパビリオン入り口に横付けされたり、幹部らしき一行が行列をパスしたりするのをしばしば見た。

 だから、行列に並ぶのは権力に縁遠い人たちだ。配給時代から行列に慣れているといっても、1時間もすればイライラが募(つの)る。ぐずる子供に当たり散らす親も。行列免除(めんじょ)の人に対する非難の声があちこちであがる。
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 朝日新聞というと、弊誌などはすぐに「媚中派」との先入観を持ってしまうが、その朝日新聞で「共産党独裁の下、権威(けんい)主義のはびこる中国では」などという物騒な物言いは尋常ではない。

 もちろん朝日新聞の中にも公正な見識を持った識者も少なくないはずだが、あるいは空想的な平等主義に憧れていた日本のサヨク人士が、中国の厳しい階級差別の現実に触れて嫌悪感を抱いたのかもしれぬ、などと邪推してしまう。

 それはさておき、国費による入場者数底上げ、そして権力者に階級差別される人民、という上海万博の実像は、どうやら中国経済の縮図のようだ。


■3.不動産業者の「夜逃げ」

 中国経済の実像を、具体的な事実報道を積み重ねて明らかにしてくれているのが、拓殖大学客員教授・石平氏の近著『中国のメディアが語る中国経済崩壊の現場』[4]である。

 この著書では、中国の全国紙ばかりでなく、地方紙、業界紙からも丹念に事実報道を拾い集めて、中国経済の危機的な状況を明らかにしてくれている。たとえば日本人から見ればなんとも奇想天外な「夜逃げ」事件が紹介されている。

 2008(平成20)年10月16日の新華社通信(電子版)によれば、この業者は、銀行への負債2億元(約28億円)と、民間企業への借金8千万元(約11億円)を残したまま、カナダに高飛びした。

 夜逃げしたのは、浙江省金華市で不動産開発で急成長してきた会社の会長・丁慶平と、その妻で社長の蘇鴎である。その手口が実に手の込んだものだった。[4,p15]

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 丁氏はまず、社員全員を海南島への慰安旅行に連れていくといい、社員たちと共に空港に向かった。しかし、搭乗する直前となって、彼ら夫婦は突如、「実は別件の急用があって一旦市内に戻り、夜の飛行機に乗って皆を追う」、と告げて、社員たちの搭乗を促した。

 全社員が飛んでいくのを見送った後、彼ら夫婦は市内の会社に戻り、「やっておくべきこと」をやって、「取っていくべきものを取って」から、夜の飛行機で上海に飛び、その翌日には、夫婦そろってカナダのトロント行きの機内におさまっていた。
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 夫婦の会社は2007年のバブル最盛期に大金を投じて土地を仕入れ、多くの新築物件を作ったのに、2008年に入って売れ行きはまったく振るわず、資金繰りが苦しくなって銀行への返済もままならなくなり、ついには日本で言うサラ金にまで手を出した。

 最後にはどうしようもなくなって、会社の残金、数百万元を密かに外貨に換えて、高飛びをしたわけである。日本社会での夜逃げとは比較にならない、三国志や水滸伝さながらのスケールと手口の奇抜さに「さすがは大陸中国」と妙なところで感心してしまう。


■4.中国不動産市場のバブル崩壊

 不動産といえば、中国のさまざまな都市を巡って、いつも不思議に思っていたのが、林立する無人の高層マンション群である。20階、30階建ての高層マンションが、時には数十棟も立ち並ぶ光景をあちことで見るのだが、不思議なことに人が住んでいる気配がまるでない。これは不動産バブルのなれの果てではないのか、としか思えない。

 しかし日本の新聞を読む限りにおいては、中国は内需が好調で、車の販売台数もアメリカを抜いて世界最大となり、世界同時不況などどこ吹く風といった論調が多いのだ。そのような楽観的な論調と、この無人の高層マンション群との矛盾は、私には解けない謎であった。

 この疑問は、石平氏の著書を読んで氷解した。中国の不動産バブルはいまだに膨らみつつあり、しかもあちこちで崩壊の兆しが見えてきているという。日本の新聞は中国の統計数字ばかり見ていて、その生々しい実態を報道していないのだ。

 石平氏は、2007年秋頃から急激な不動産の販売不振が始まったことを明らかにしている。2007年10月、経済成長の最前線である広東省深セン市の不動産販売価格は前月に比べ、3割減少した。これに端を発した価格崩壊は、広東省内に波及し、広州市や東ガン市でも、軒並みピーク時に比べて3割程度、下がった。


■5.「北京不動産市場は総値崩れの様相」

 不動産バブルとは、今後値上がりを見込んで、投機目的で不動産が買われ、その架空の需要によって実際に値上がりして、それがさらに値上がり期待を高める、という膨張の循環である。

 そんな膨張が、いつまでも続くはずがない。もうこれ以上は上がらないと皆が思えば、買い控えに走り、価格は急落していく。さらに投機目的で買われた不動産が叩き売られて、価格低下に拍車がかかる。これがバブル崩壊である。

 今後、値上がりするか、値下がりするか、という投機家の心理状態で決まるだけに、一度、値下がり局面に入った途端に、あっという間にその悲観的心理状態は広がっていく。

 2008年10月には、北京でも「3割引き」などの販売合戦が始まり、地元紙は「8割以上の分譲案件が値下げ、北京不動産市場は総値崩れの様相」と報じられた。[4,p36]

 11月12日付けの『中国青年報』は、「8割の大衆は今後において不動産価格はさらに下がると認識、購入予定者の9割は早期購入を控える」とのアンケート結果を発表して、全国の不動産業者を落胆させた。[4,p52]

 さらに「中国の住宅価格は今後10年以内に50%下落する」との学会報告もされるまでになった。


■6.凍りついた不動産市場

 バブル崩壊局面では、価格を下げても、すぐには売り上げ増大にはつながらない。価格低下が止まって、もう底値だ、という見方が広がらない限り、買い手は動かないからである。

 2008年7月の上海市の新築住宅の販売面積は、バブルピークだった前年同月比で、実に7割減となったと報じられた。8月の北京市の新築住宅の販売件数も、前年同月比で7割近くの減少となった。

 これだけ売り上げが落ち込むと、分譲住宅の大量の売れ残りが発生する。北京・上海・広州の3大都市における売れ残り件数は合計26万2千件にも達し、「これほどの在庫を消化するのには、少なくとも今後、2年間はかかるだろう」と、ある専門家は分析している。

 大量の不良在庫を抱え、販売価格は下がり、しかも販売量が激減したとあっては、不動産業者が立ちゆかなくなることは目に見えている。先に紹介したカナダへの夜逃げは、その一例に過ぎない。

 深センの大規模不動産業者の李耀智(りようち)総経理は、こう語ったと伝えられている。[4,p60]

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 われわれ深セン中原公司は去年(2007年)には7千人の従業員を抱えていたが、人員整理を行った結果、現在では2700人程度に減った。

 勿論、それは当社だけの話ではない。深セン全体で不動産関連企業に勤める人員は、去年と比べれば約6割程度減少したはずだ。まあ、およそ1万人くらいは業界から吐き出されたのではないか。
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■7.不動産バブル崩壊は中国経済のエンジン・ストップ

 あわてて中央政府と地方政府が「不動産市場救済策」を打ち出したが、浙江省杭州市の共産党委員会書記の王国平氏は、その理由をこう訴えている。[4,p53]

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 不動産産業は杭州の支柱産業である。多くの関連産業の成長を引っ張っていくという牽引車の役割を果たしている。もし杭州の不動産価格が大きく落ちれば、不動産投資の大幅な減少は当然避けられない。

 建築・建材・家電・デザイン・内装・広告・飲食などの一連の産業はその巻き添えを食って冷え込むであろう。その結果、経済が衰退して失業が増大し、市民全体の生活が苦しくなるのである。
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 王国平氏は、産業全体の冷え込みと失業の増大以外にも、多くの人々がローンを返せなくなることによる不良債権増加で銀行が崩壊、そして土地譲渡による政府財政収入の大幅な縮小、という大問題が同時発生する、と指摘している。

 逆に言えば、不動産バブルは対外輸出と並んで中国の成長エンジンであり、忍び寄るバブル崩壊に、成長失速から共産党政権崩壊へという恐怖のシナリオが見えてきたのである。


■8.まやかしと階級差別と

 世界同時不況で対外輸出が大きく落ち込むと(2009年通年でマイナス19%)、中国政府は「世紀の大ばくち」[5]とも言うべき「金融緩和策」を打ち出した。その結果、2009年通年の国内新規融資額は前年比96%増の9兆6千億元(約126兆円)に膨らんだ。

 この新規融資の多くが不動産投機に流れて、今度は史上最大幅の不動産価格の暴騰を招いた一方、実態経済とかけ離れた大量の貨幣発行はインフレを招き、ギリギリの線で生活をしている膨大な貧困層を追い詰めている。

 中国のバブルは2007年秋から崩壊の兆しが見えていたのに、その後の中国政府の「世紀の大ばくち」によってさらに人為的に膨らまされたわけである。バブルとはもともと「泡」の意味である。大きく膨らむほど、破裂した時の衝撃が大きい。中国経済はより大きなバブル崩壊への道を走り続けている。

「世紀の大ばくち」によるバブルの「底上げ」と、インフレによる貧困層の困窮という構図は、実は上海万博での国費による入場者数「底上げ」と一般入場者のみが長時間待たされる階級差別という構図とそっくりである。

「共産党独裁の下」では、経済運営も万博運営も同じような構図になるようだ。そのようなまやかしと階級差別を続けていたのでは、一般国民が豊かに安心して暮らせる日々はやって来ない。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(505) 断裂する中国社会
 1億円の超高級車を乗り回す「新富人」と年収100ドル以下の貧農9千万人と。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog505.html

b. JOG(224) 「油上の楼閣」中国経済
 経済発展する壮大な楼閣は、一触即発の油の海に浮かんでいる。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog224.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 朝日新聞、H22.06.02、「中国、庶民が触れる世界 上海万博1カ月」、東京朝刊、23頁

2. 朝日新聞、H22.06.29、「上海万博、入場者2千万人達成」、東京朝刊、37頁

3. 朝日新聞、H22.05.07、「(窓・論説委員室から)上海万博に行く?」、東京夕刊、8頁

4. 石平『中国のメディアが語る中国経済崩壊の現場』★★★、海竜社、H21
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4759310517/japanontheg01-22/

5. 産経新聞「【石平のChina Watch】『二兎を追う』温家宝のジレンマ」、H22.03.18


■「バブル崩壊に向かう中国経済」に寄せられたおたより

■Leeさんより

 小生3月より上海に住んでいます。現在新規事業立ち上げの話が進みつつあります。

 当地では、上海はエネルギーであふれている、上海に限っては中国政府の面子にかけて、バブル崩壊は起こさせない、中国経済は今後30年発展し続ける、などという言質がはびこっています。

 しかし、高層マンションの空き部屋、客が入らないのに開いている店舗、あるいは閉店によりがらんどうになった店舗、などが目立っているようにも見えます。

 これからどう切り盛りされていくのか、バブルの崩壊が起こるのか、自分の事業の行く末を計算しながらしっかり見届けようと思います。

■匿名の日本人さんより

 私は常々から日本を含む外資系企業の、中国への工場進出に懸念を持っています。

 品質、知的財産等の問題ももちろんその一因ですが、最近考えている理由はバブル崩壊時には中国は国内の外資の工場等を摂取すると考えているからです。何とでも理由はつけられます。低賃金による労働を強いていたなど、中国お得意の理屈で何とでもなります。

 昨今の日本企業の中国工場でのストライキや「国防動員法」の可決など準備は整っています。国として自国利益至上主義を考えている中国に対抗するには、日本人による日本人のための政治、経済政策が必要不可欠です。しかしその援護がない現政権では期待はできませんので、企業の経営者が自ら気づく必要があります。

 このままでは、中国との密な関係によるバブル崩壊が日本に大変な影響を与えます。各企業の一刻も早い目覚めが必要です。皆さん、工場を日本に戻してください!

■編集長・伊勢雅臣より

 バブル崩壊への対応は、中国進出企業のリスク管理の重大テーマです。



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