No.762 原発問答 ~ 世界は原発を見捨てたのか?
ベストセラー『原発のウソ』の言う「先進国では原発離れが加速」とは本当か?
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■1.3シナリオとも「電気代はあがる、太陽光は全戸導入」
太郎: 政府が原発依存度シナリオとして、2030年で0%、15%、20~25%の3つを提示して、国民の意見を聞いているけど、花子はどう思う?
花子: 3案とも、化石燃料輸入額が15兆円から16兆円で大して変わらないなら、原発0%の方が安全でいいに決まっているわね。
でも、その前提が、再生可能エネルギー比率が3案とも25~35%と、今の10%から大幅に増えているけど、そもそもそんな事が可能なのかしら。
太郎: 3つのシナリオの詳細資料では、15%シナリオや25~30%シナリオでも、太陽光を1000万戸、すなわち「現状設置可能なほぼすべての住戸の屋根に設置」とある。0%に至っては、「耐震性が無い等により現在設置不可能な住戸までも改修して導入」し、1200万戸に設置する、という具体像が記されている。
花子: えー、ウチのマンションなんか、定期周旋の積立金が足りなくて、管理組合で一時徴収しようと提案しているけど、何戸かが反対していて、話が進まないのよ。その上「太陽光を入れるから、さらに一時金を集めます」などと言っても通りっこないわ。
太郎: それに3つのシナリオとも、標準家庭で月1万円の電気代が1万2千円~2万1千円にあがるということを想定している。いずれも「電気代はあがる、太陽光は全戸導入」なんていう前提がある事を知ったら、「政府は、そもそも、もっとましなシナリオを提示すべきだ」という声が上がるんじゃないかな。[1]
2.ドイツ、脱原発のからくり
花子: ドイツでは、原発を停止させて、まさしく原発ゼロとしたようだけど、太陽光とか風力で代替しているのかしら。
太郎: ドイツの脱原発というのも、ドイツ固有の事情を反映しているようだね。京都大学原子炉実験研究所の山名元教授はこう説明している。
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また国内で石炭(褐炭)を産出し、発電の45%を石炭火力で担っているため、エネルギー自給率も32%と高い。自給率わずか5%の日本とは、ここが決定的に違う点です。・・・
欧州の送電線網につながっているドイツとフランスは、相互に電力の輸出入を行っています。フランスは輸出量が輸入量を大幅に上回っていますが、これは主に原子力で生産した電力を他国に融通(輸出)しているためです。・・・
また全量固定価格買取制度を導入しているため、風力発電が6.4%、太陽光発電が0.7%と日本とフランスより大きな割合を占めています。これらの自然電源による出力の変動も、欧州の送電線網によって吸収されているわけです。[2, p225]
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花子: 原発ゼロと言っても、フランスの原発から電気を輸入しているんじゃ、格好つけてるだけじゃないの。それに、ドイツは太陽光発電や風力発電では進んでいると聞いていたけど、それでも、あわせて7%ちょっとしかないのね。
太郎: 要は、ドイツは自国の石炭による火力発電と、フランスの原発からの輸入があるから、原発ゼロを実現できたわけだね。両方持たない日本とは、まったく事情が違う。
3.「再生可能エネルギー25~35%」は見通しなし
太郎: 現在の日本で再生可能エネルギー10%と言っても、そのうち6%はダムによる水力発電で、太陽光、風力とも0.3%しかない。だから、2030年に再生可能エネルギー比率が3案とも25~35%で「全部の住戸に太陽光発電を導入」というような前提を無理矢理いれている。
しかも、太陽光や風力は、お天気次第だから、まったくあてにならない時もある。「今日は雨で、風もないので停電です」では済まない。そうした場合に備えて、ドイツは火力発電や電力輸入でバックアップしている。
しかし、そのドイツでも太陽光発電を増やすために高値買取を実施してきて、直近ではようやく3.3%に達したようだけど、国民負担に耐えられなくなって、当面の価格引き下げと将来の買取停止を決めている。
花子: それじゃあ、ドイツでも太陽光を10%とか20%に増やしていくなんてことは無理なのね。となると、「再生可能エネルギー25~35%」なんて、技術的な見通しもないシナリオを提示して、しかも国民の負担をよく理解させないまま選ばせようなんて、子供騙しもいいところだわ。
■4.「先進国では原発離れが加速」!?
花子: ドイツは別として、他の国々は、原発の問題について、どう考えているのかしら。この間、同じく京都大学原子炉実験所助教・小出裕章さんの『原発のウソ』が、ベストセラーになっているというので読んでみたけど、こんな一節があったわ。
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先進国では原発離れが加速
すでに世界の先進国は続々と原子力から撤退をはじめていました。貧弱なウラン資源、成り立たない経済性、破局的事故の恐れ、見通しのつかない放射性廃棄物の処分などが大きな負担となってきたからです。
ヨーロッパの原子力を牽引してきたフランスにすら新たな原発建設計画はなく、ヨーロッパ全体でも計画中の原発はフィンランドに1基あるだけです。アメリカでも一時期強力に原子力の復興が図られましたが、縮小の流れは止めようもありませんでした。
福島の事故がこの流れを劇的に加速させたことは言うまでもありません。ドイツでは事故を受けてすぐさま旧型原発7基の稼働を一時停止し、メルケル首相は「脱原発」の方針を明確に打ち出しました。
イタリアでも新しい原発の建設が無期限凍結になりました。アメリカでもテキサス州で計画されていた原発の増設から事業主体の電力会社が撤退しました。この増設計画は東芝の海外受注第1号案件でしたが、もはや実現は困難とみなれています。
すでに多くの国々で「原子力発電には将来性がない」と考えられるようになってきました。[2, p164]
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花子: どうも、世界中の国々が一斉に「脱原発」に走り始めているように読めるんだけど。
■5.日立、東芝が、アメリカ、リトアニアの原発受注
太郎: しかし、最近の新聞を見ていると、まったく違った現実が報道されているよ。
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米の原発、東芝系が受注 日本勢、新興国波及に期待 (日経新聞 電子版、H24.02.11)
米国で34年ぶりに原子力発電所の新設計画が承認されたことで、福島第1原発事故で停滞していた海外の原発ビジネスが再始動する。
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日立と原発契約、リトアニア議会が承認 (日経新聞 電子版、H24.06.21)
日立製作所のリトアニアでの原子力発電所受注がほぼ確実となった。リトアニア政府は21日、日立と交渉中だった原発の建設事業権契約について、議会の承認を賛成多数で得た。
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花子: なんだ、ヨーロッパでも、アメリカでも原発は推進されているのね。日系企業の原発輸出は頼もしい限りだけど、それにしても小出氏の言う「先進国では原発離れが加速」とは、どこの国の事なのかしら。
■6.「多くの国が、原子力の重要性を戦略的に判断」
太郎: 山名元教授の著書によると、原発を持っている国で、福島の災害後に脱原発方針を固めたのは、ドイツ、スイスの2カ国のみのようだね。
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この2国で、世界の原子力発電規模の約5%程度を占めています。しかし残り95%を占める32の原子力利用国については、積極的な撤退は表明していません。UAEやベトナムなど新たに原子炉の建設や計画を進めている国も同様、方針は変えていません。
また、原子力の新規導入をしばらく止めていたイギリスは、ブレア政権のころに原子力再開を決めましたが、福島事故後もこの方針を変更しないことを表明しました。北海油田の石油生産量が今後減少することを見越した上での、戦略的な判断です。
一方、原子力発電を行っていないイタリアは、今後の原子力への復帰の可能性を国民投票によって否定しました。同じく原子力発電を行っていないオーストリアとデンマークも、反原子力の方針を確認している状況です。
こうして外観してみると、軽水炉の事故として世界最悪となった福島第一原発の事故の後でさえ、多くの国が、それぞれのエネルギー事情を背景に、原子力の重要性を戦略的に判断していることがわかります。[3, p224]
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花子:「原発導入国で脱原発方針を表明したのはドイツとスイスだけ」というのなら、アメリカやリトアニアから原発を受注したというニュースも理解できるわね。やはり「先進国では原発離れが加速」というのは、世界の実態とはかけ離れているようね。
■7.世界は「原発建設ラッシュ」
太郎: 小出氏の「先進国では原発離れが加速」という記述には、もう一つからくりがあるよ。それは「先進国では」という部分だ。
この山名氏の本では、各国の原発推進計画がまとめられているけど、中国の推進計画が群を抜いている。ロシアはや韓国も積極的で、表にすると次のようになる。単位は万kWだ。
運転中 建設中 計画中
中国 1,085 3,324 2,566
ロシア 2,419 1,003 1,544
韓国 1,772 680 280
インド 456 552 530
他7カ国 0 100 2,130
他7カ国とは、現在は原発を持っていないけど、現在、建設中、または計画中のUAE、ベトナム、トルコなどだね。
ドイツが全原発を停止させたと言っても、その総量は2,152万kW。中国は建設中だけで3,324万kWと、軽くその1.5倍に達する。世界は「原発建設ラッシュ」と言ってもよい情況だね。
花子:「原発離れが加速」というのは、ますます世界の実情とは、ずれた表現なのね。でも中国で原発が特に沿岸部で林立するようになったら、日本も危ないわね。
太郎: 中国では地震も多いし、この間の中国版新幹線の大事故のようなことがあるからね。今は砂漠化が進んで黄砂が日本まで飛んできて被害をもたらしているけど、さらに死の灰が加わったらと思うと、ぞっとする。
花子: かつての反核運動は、ソ連や中国の核ミサイルは黙認して、アメリカの核兵器にだけ反対していたけど、今の反原発も国内のことだけ言っていて、中国やロシアや韓国の大増設には知らんぷり。ちょとおかしいわね。
■8.民主主義国家を支えるには理性的な国民が必要
花子: だいたい世界の国々は、今回の事故をどう考えているのかしら。
太郎: 僕が想像するに、東北電力女川原発は津波対策として海抜15mに設置されていて、東日本大震災で襲ってきた約13mの津波に耐えている。福島第一原発は14~15mとされているけど、同じ高さでも大丈夫だったろう。
福島第二原発も約7mの津波で浸水したけど、設計思想が新しく、非常用ディーゼル発電機が機密性の高い原子炉建屋のなかにあり、難を逃れた。[4]
要は、きちんと対策された原発は、地震にも津波にも大丈夫だった、という事だね。第一原発ではなぜ、そうした対策がなされなかったのか責任を追及する必要があるけど、その第一原発が大変な事故を起こしたからといって、「すべての原発を止めろ」などと短絡的に考えている国は、あまりないんじゃないかな。
原子力工学で博士号をとっている大前研一氏も、「福島第一原発事故が起きたから原発は全廃しましょう--これは飛行機が墜落した原因がわかっているのに、飛行機は危ないから永久に飛ばすのをやめましょう、と言っているのと同じ」と指摘しているね。[5]
花子: この間も、脱原発を訴えるデモで、音楽家の坂本龍一氏が「たかが電気のためになんで命を危険にさらさないといけないのでしょうか」などと発言していたけど、なんとも感情的な発言ね。
太郎: 今回のような事故を防ぐには、どうしたらいいのか、また廃棄物の問題も含めて、もっと冷静で理性的な議論が必要なのに、小出氏のような事実と乖離した記述を含む本がベストセラーとなったり、坂本氏のような感情的な発言が大衆を煽ったりして、理性的な議論を封じている。
そういうデマゴーグに扇動されずに、まずは僕ら一人ひとりが自分の頭で考えないとね。民主主義国家を支えるには理性的な国民が必要なんだ。
(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(415) 情報鎖国の反原発報道 世界が第2の原発発展期に入ろうとしている中で、日本では非科学的な「反原発」報道が続いている。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogbd_h17/jog415.html
b. JOG(622) 太陽エネルギー文明と「日の本」の国
今、生まれようとしている太陽エネルギー文明を先導する使命が「日の本」の国にある。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogdb_h21/jog622.html
c. JOG(730) 夢と希望のエネルギー立国
新エネルギー開発の夢と希望を抱いて、様々な人々が努力を続けている。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201201article_1.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
→アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 国家戦略室「エネルギー・環境に関する選択肢[概要]」、
http://kokumingiron.jp/giji/5.pdf
2. 山名元、森本敏、中野剛志『それでも日本は原発を止められない』★★、産経新聞出版、H23
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4819111450/japanontheg01-22/
3. 小出裕章『原発のウソ』★、扶桑社、H23
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594064205/japanontheg01-22/
4. 夏目幸明「『原発の安全対策』最前線をゆく」、『Voice』H24.06
5. 大前研一「菅首相"素人介入"レベルの人災ではない!福島原発事故を起こした『本当の人災』を告発する」、Sapio、H24.08.08
■「原発問答 ~ 世界は原発を見捨てたのか?」に寄せられたおたより
■豊さんより
最近の世論調査では原発ゼロと言うのが民意だと報じられている。これに呼応して脱原発を口にする政治家も多い。民意が常に正しいなら、政治家は不要で、官僚さえいれば世の中は回るだろう。
原発ゼロが経済的にも技術的にも遠い将来は別として現時点では有効な選択肢ではないことは少しでも経済を知っていれば明白な事だ。にもにも拘らず、国民が望むからとその意向に迎合する政治が多い事は嘆かわしい。
民意と言うなら震災瓦礫の処理も全て地元で勝手にやってくれと言う事になる。民意民意と感情的で不安定で近視眼的な見方に振り回されるようでは政治は出来まい。ヒトラーは民意で選ばれたと言う歴史的事実を直視する必要があるのではないか。
■編集長・伊勢雅臣より
一般国民は、高度な専門知識を必要とする課題には答えられないが、見識のある政治家、政党を選ぶ見識は持っていて、政治を託された彼らが民意を導いていく、というのが、間接民主主義の思想ですね。