No.881「電気、水道、ガス、ダイシン」
生活インフラとして地域社会を支えるダイシン百貨店の挑戦。
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■1.「電気、水道、ガス、ダイシン」
「電気、水道、ガス、ダイシン」というスローガンを掲げるのは、東京の下町・大田区山王のダイシン百貨店である。小売店は、電気、ガス、水道と同様、住民が生活に必要な物資を供給するインフラだという考えである。
あるおばあさんは「ダイシンとカラオケと病院が私の日課、杖をついてダイシンに行き、買い物をしながら販売店員とおしゃべりなどをして半日ほど過ごしている」と語っている。
ダイシン百貨店の来店者数は年間4百万人に達する。元日を除いて毎日営業しているから、一日あたり1万人以上。その中には、1日も欠かさずに来店して買い物をしてくれている顧客が160人もいるという。ポイントカードのデータから判明したとの事だ。
旧店舗の「昭和館」は東京オリンピックが開かれた昭和39(1964)年に開館したが、老朽化したので平成23(2011)年に建て替えとなった。その時に「昭和館」を懐かしんで、人々が階段の壁に落書きをするようになった。曰く:
「ダイシン大好き」
「ダイシンで育った私、娘をダイシンで育てています ソフトはなくさないで!!」
「ダイシンらしさをいつまでも...」
「しょうわのダイシン...アリガトウ!」
ダイシンがいかに地域の人々に愛されてきたかが偲ばれる。そんなダイシンがどんな店作りをしてきたのか、見てみよう。
■2.たとえ1個でも品揃えする
生活のインフラなら、住民が必要なものは何でも提供できなければならない。そのために「超・地域密着経営」を方針とし、「半径500メートル圏内シェア100%」を目標に掲げる。これは店から歩いて通える圏内の住民は、ダイシンに来れば何でも用が足りる、ということである。
そのために、ダイシンは「たった一人のお客様であろうと、『これが欲しい』とご要望があれば、たとえ1個でも品揃えする」という方針をとっている。
たとえば、歯ブラシ売り場には200種類が並ぶ。大手メーカーの定番商品だけでなく、馬や山羊、豚などの毛を使った天然毛歯ブラシまである。1階の食品売り場には、全国津々浦々の味噌が180種類、豆腐が50種類、納豆も30種類という具合である。
そのほかにも数十万円のカシミヤ・コートから、昔懐かしい金網のネズミ獲りまで。食品も100グラム78円の豚肉から、2千円の神戸牛までが並ぶ。
全店の商品点数は18万点、品揃えで定評のある東急ハンズの渋谷店が16万5千点というから、それに匹敵する。見て歩くだけでも飽きない、という声が出るのも当然だろう。
これは近年のスーパーやコンビニの売れ筋商品に絞り込む戦略の逆を行く商法だ。これらの全国チェーンでは、本部が売れ筋商品を絞り込んで、一括大量仕入れをして、全国の店舗に配送するので、どこでも同じような商品が並ぶ。
しかも、一度、売れ筋から外れた商品は置かなくなるので、客から見れば、使い慣れた商品が見つからない、ということになる。「ダイシンに行けば、自分が使っている商品がかならずある」という安心感、信頼感をダイシンは提供しているのである。
■3.お年寄りへの配慮
大田区山王は歴史のある住宅街だけに高齢者が多い。ダイシンへの来店者の7割が50歳以上だ。「半径500メートル圏内シェア100%」を狙うには、地元のお年寄り層への配慮が欠かせない。
たとえば食品売り場では、太巻きを1切れずつパックして小売販売する。同様に刺し身は4切れから、豚肉は40グラムから販売している。一人暮らしのお年寄りも買いやすいように、何でも極小パックにしてしまう。
家電売り場には、ラジカセやカセットテープが置いてある。お年寄りがカラオケをするための必需品である。昔ながらの花柄の炊飯ジャーなども「最新式は必要ない。使い慣れたこっちがいい」という年配のお客さんも多い。
一方、家電の新製品は高機能化が進み、お年寄りには操作が難しくなっている。そのために、ダイシンの店員はバカが付くほど丁寧に商品説明をする。顧客は納得いくまで店員の説明を聞くと、家電量販店より価格が高くとも、満足して買ってくれる。
こうした品揃えや丁寧な商品説明が高齢者の「ダイシンびいき」をもたらしている。
■4.「一人の人間が仕入れも販売も売り場の管理も」
多種多様な商品を置き、商品の説明もとことんできるよう、ダイシンでは、それぞれの売り場で同じ人が仕入れから販売、在庫管理まで、すべての業務を行っている。1階の食品売り場マネジャーの天川谷昌洋(あまかわや・まさひろ)さんはこう語る。
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ダイシンがすごいのは、一人の人間が仕入れも販売も売り場の管理もこなしている点。他店でいうなら、「バイヤー兼チーフ兼スーパーバイザー」といったところでしょうか。
しかし、だからこそ、自分で考えて自分でモノを売るという、この仕事の面白みが味わえるし、大手のスーパーなどに比べて、お客様のニーズをすばやく売り場や商品に反映できます。[1,p102]
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いわば、昔の商店街で、八百屋や魚屋、肉屋、用品店など、それぞれの店主が、自分の店の仕入れから販売、商品管理まですべてやっていたのと同じである。当然、商品については何でも知っていなければならないし、顧客のニーズにも敏感になる。
そういった「店主」が各売り場にいるので、「あの人の選んでくれる魚なら、間違いなく新鮮でおいしいから」と、店員を指名して買い物してくれる客もいる。
また仲良くなった店員の所に、毎日、おしゃべりにくる年配のお客さんもたくさんいる。
■5.「なんで、客の了解も得ずに、勝手に改装なんかするんだ」
商品説明やセールスが上手なだけの店員なら、他店にもたくさんいるだろうが、「ダイシン百貨店の店員の接客は、とにかく丁寧で一生懸命」と、社長の西山敷(ひろし)さんは語る。
お客さんが店員に話しかけやすいように、あえて営業時間中に商品の陳列をしたりもする。店員が商品を並べたりしていれば、お客さんも「あら、何か新しい商品でも入ったの?」などと声をかけやすい。
西山社長は、こうも言う。
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お客様からのクレームも、コミュニケーションの一つだと思っています。
「商品の場所がわかりにくい」とか、「店が汚い」とか、いろいろなクレームをつけてくるお客様がいらっしゃいますが、売り場や商品に要望や注文をつけられるのは期待されている証拠です。
こうしたお客様を遠ざけるのではなく、逆にお客様がツッコミを入れやすいように、店員がボケてあげるくらいがちょうどいいと思っています。なぜなら、そんなやり取りを楽しそうにしている高齢のお客様が結構いらっしゃるからです。
こちらがちょっと至らなかったり、接客が下手くそだったりすることがあっても、お客様に育てて貰い、楽しんで貰えればいいのだと思います。[1,p141]
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お客が文句を言うのは、その店を見離していないからである。見離されたら、お客は文句黙って他の店に行く。文句を言っても、真面目に聞いてくれる店には、「自分が育てている店」という一体感が生まれやすい。
ある時、売り場をきれいに改装したら、ある年配の客から「なんで、客の了解も得ずに、勝手に改装なんかするんだ」と叱られた、という。それだけダイシンを「自分の店」と感じているのだろう。
■6.「買い物難民」を救うインフラ
全国各地に郊外型の大型ショッピング・センターができて、若いファミリーが子供連れで買い物を楽しむようになった。しかし、こうしたショッピング・センターは都心部に住むお年寄りのことは考えていない。そもそもお年寄りは車を持っていない。電車で行くのも億劫だし、帰りの荷物運びも大変だ。
したがって、高齢者には昔ながらの駅前商店街が頼りなのだが、それらの店が、郊外型ショッピングセンターの影響で次々と潰れてしまうと、歩いて通える範囲では日用品すら買えない「買い物難民」となってしまう。
こういう人々にとって、ダイシンは頼りになる店だ。1ヵ所ですべて揃う。昔ながらのお気に入りの商品も必ず置いてある。「半径500メートル圏内シェア100%」というのは、お客さんの視点から見れば、「歩いて行ける範囲に、何でも揃う店がある」ということで、まさしく地域の人々にとって「電気、水道、ガス」並みのインフラなのだ。
買い物難民をさらにサポートする試みとして、購入後の商品を無料で配送する「しあわせ配送便」を設けている。これはおよそ半径1.5キロの圏内に住む70歳以上の高齢者、妊娠中の女性、身体の不自由な人を対象として、ペットボトル1本から自宅に運んでくれる。千人を超える顧客が申し込み登録をしており、そのうち約3分の1は毎週、利用しているという。
商品を配達するのは、宅配業者ではなく、顧客と日々接しているダイシンの社員だ。配達先でお年寄りと話し込んでしまうこともあるが、そういう非効率さこそ、顧客が求めているものである。
買い物難民を救うインフラを広げるべく、ダイシンは30分おきに地域を巡回する「ダイシンバス」を何ルートか走らせている。ダイシン百貨店の会員カードを見せれば、誰でも無料で乗れる。買い物の足としての交通インフラである。
■7.地域のインフラとしての進化
ダイシンは地域のインフラとして進化を続けている。「しあわせ配送便」で各家庭を訪問しているうちに、介護サポーターから弁当の宅配の要望が高いことを聞きつけ、平成21(2009)年からスタートした。
日替わりの弁当をワンコイン(500円)でお届けする。午前11時までに電話で予約すれば、1食から無料で自宅まで届けてくれる。店の新鮮な食材を使い、栄養バランスにも配慮したお弁当は好評だという。さらに店内にあるベーカリー、カフェ、和食レストランの力も使って、新たなメニューの開発を進めている。
このお弁当の配送は、高齢者の安否確認も兼ねている。万一、何か異常があったら、事前に登録された連絡先に報告がいく、という仕組みである。
お年寄りが多い地区だけに、次の段階として医療サービスをインフラに取り込むよう準備中だ。たとえば店内で、血圧、体重、脈拍、血糖値などを測定して、そのデータを顧客のポイントカードに記録する。そのデータをもとに食事レシピを提供したり、予防医療セミナーの案内を送ったりする。
さらには店内のエステやジム、健診センターと近隣の医療機関を連携させて、幅広い健康管理、予防医療サービスを提供する計画もある。ここまで来ると、もう公共サービスのインフラと言える。
ダイシンが果たそうとしているもう一つのインフラ機能は、地域のコミュニケーションの活性化である。かつては、神社の境内や、駅前商店街、公民館などが、住民が集い、語らう場となっていた。しかし核家族化が進み、商店街は疲弊し、子供たちは塾通いに忙しい、という状況で地域のコミュニケーションは崩壊しつつある。
そこで、ダイシンは様々なイベントを提供して、地域のコミュニケーションのインフラを提供しようとしている。たとえば夏祭り、冬祭り、ゴールデン・ウィークの子供祭り、茨城県の契約農家の田んぼに家族連れを招待する稲刈りツアーなどだ。
夏祭りでは金魚すくい、射的、バザーのカキ氷、イカ焼きなどを採算度外視で提供し、子どもバンドによるステージ、スイカ割り、花火打ち上げなどもあって、ちびっ子たちで大賑わい。3回目の平成22(2010)年には、この夏祭りはダイシンだけのものでなく、地域全体の「山王夏祭り」に進化して、約1万3千人もの参加があった。
■8.高齢化社会を精神的にも経済的にも活性化するインフラ
これだけ地域に尽くし、地元に愛されているダイシンは経営的にも安定している。
売上高経常利益率も3%近くと、大手小売グループをしのぐほどだ。地域のお役に立てば、そのお礼として、利益がもたらされる、というわけである。
高齢化社会となっても、ダイシンのようなインフラ機能をしっかり果たす店が各地域にあれば、それぞれの地域が精神的にも経済的にも活性化される。それこそが真に幸福な国興しへの道であろう。
そういう道を示してくれているダイシンに感謝と敬意を表するとともに、今後、こうした挑戦が、いろいろな地域、分野で行われることを期待したい。また、我々も消費者として、そういう挑戦を積極的にサポートしていきたい。
(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(836) はとバス社員の「おもてなし」
「私は、お客様の喜ばれる顔が見たくて、この仕事を続けています」
http://jog-memo.seesaa.net/article/201402article_6.html
b. JOG(666) 世界ダントツのサービス品質が未来を拓く
日本企業が元気を取り戻す近道。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201009article_3.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
→アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 西山敷『”下町百貨店・ダイシン”はなぜ、不況に強いのか』★★、講談社、H23
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4062165376/japanontheg01-22/
■おたより
■アイコクさんより
昔、ダイシンで派遣で働いてた。従業員の昼食は質素ながらタダでした。
もう30年以上も前のことですが、大森という物価の安い下町ながら山王という高級住宅街もある不思議なところで、ダイシンも当時はぼろスーパーでしたが、今でも続けている即日配送の姿勢は立派です。
■裕子さんより
ダイシンの経営のあり方、顧客のつかみ方には驚かされました。私の親も電気製品を購入するときは大量販売店で安い商品を手に入れるのではなく少々高くとも困ったときに来てもらえる、修理してもらえる安心できる地元の電気屋さんから購入したいと常々申しております。安心を提供してくれるダイシン、心強い味方だと思いました。
一方で商品の売れ残りはどうするのだろう・・と心配になりました。特に食料品などは時期がきたら売れ残りは廃棄処分になってしまうのではないでしょうか。
私はスーパーにいくたびに山のように積まれた商品を見て、売れ残りはどうなるのだろう安価で豊富なバリエーションだと私自身も楽しんでいるけれど、諸外国の食料や物品を必要としている人から奪ったともいえるのでは・・。いつかこの豊かさにはピリオドが打たれるだろう・・などと後ろ向きな事ばかり考えてしまうのです。
消費しなければ経済が活性化しない、いろいろな発明や革新的な出来事はニーズから生まれるものだと言われればそうだと思うのですが。あまりに物がそろい、あまりに浪費を重ねる現在の生活スタイルにその甘美を教授しながらおそろしさも感じています。
■編集長・伊勢雅臣より
売れ残りは確かに悪です。これを最小化することが、経営的にも社会的にも大切なことです。
ダイシンの高収益は、無理な値引きをしない事と、売れ残りを減らすことで実現しているのではないか、と推察します。一人の売り場の責任者が、顧客とよく話をし、ニースを掴んでいれば、どんな商品がどのくらい売れるかは、かなり精度良く掴めるでしょう。
お客が見えないままに、大量に仕入れ、叩き売りをするスタイルよりも、はるかに売れ残りは少ないと思います。