No.1039 中国に戦わずして勝つ道 ~ 北野幸伯『中国に勝つ 日本の大戦略』を読む
同盟戦略によって「中国に戦わずして勝つ道」がここにある。
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■1.国際政治で次々と予測を当ててきた秘密
弊誌に何度も登場いただいている国際関係アナリスト北野幸伯(よしのり)氏の3年ぶりの新著『中国に勝つ 日本の大戦略』[1]が出版された。北野氏は、以下のように重大な国際情勢の変化を予測しては、次々に的中させてきたという実績がある。
・2005年『ボロボロになった覇権国家』[2,a]で「アメリカ発の危機が起こる。アメリカの没落は近い」 → 2008年、リーマンショック
・2007年『中国ロシア同盟がアメリカを滅ぼす日』[3,b]で「アメリカ一極主義と、ドイツ、フランス、ロシア、中国・多極主義の戦い」→ 2014年のクリミア併合以降、中露が事実上の同盟に。
・2008年『隷属国家日本の岐路~今度は中国の天領になるのか』「4,c」で「尖閣から日中対立が激化」→ 2010年に尖閣諸島中国漁船衝突事件、2012年に反日暴動
・2012年『プーチン最後の聖戦』で「プーチンが戻ってきて、アメリカとの戦いが再開される」[5,d] → 同年、プーチン、大統領に再選
北野氏は、その予測の秘密を2014年の『日本人の知らない「クレムリン・メソッド」-世界を動かす11の原理』[6,e]で明らかにしている。予測を当てるには、それなりの原理があるのである。そして『プーチン最強講義』[7,f]で指摘した中国の「反日統一戦線」の策謀をどう打ち破るのか、を追究したのが、今回の新著である。
氏は新著の目的を次のように設定する。
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本書の目的は、第一に、尖閣、沖縄を守りつつ、日中戦争(実際の戦闘)を回避すること。
第二に、やむを得ず戦争(戦闘)になっても、勝てる道を示すことです。[1, p19]
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この2つの目的設定に、北野氏の戦略思想家として深みがよく窺える。というのは、何事も欲得づくの中国は勝ち目のない戦いは仕掛けない。したがって、戦争になっても日本が勝てる道を示せば、第一の「日中戦争(実際の戦闘)を回避」する確率も高まる。
これこそが日本にとって最上の「中国に戦わずして勝つ道」である。詳細は、この本を読んでもらうとして、ここではその呼び水として「同盟」の意味について考えてみたい。『中国に勝つ 日本の大戦略』の柱は「同盟戦略」にあるからである。
■2.各国の同盟国を増やすための虚々実々の駆け引き
本書の前半で、氏は中国の「反日統一共同戦線戦略」がどのように生まれたのか、それを安倍総理がどのように打ち砕いたのか、を俯瞰する。いつもながらのテンポの良い北野節で、国際政治上の事件の背景に、各国の思惑がどうぶつかり合って、どんな結果を生んだのか、を示していく。目からウロコの連続だ。
例えば習金平が打ち上げた「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」。アメリカの緊密な同盟国であるイギリスが、アメリカの制止を無視して AIIBに参加することを決めた。「イギリスが入るのなら、私たちも許されるだろう」と、フランス、ドイツ、イタリアなども雪崩を打って参加を決めた。
親米国家群がアメリカの言うことを聞かなくなって、これは「アメリカが覇権を喪失した象徴的事件」だと、北野氏は指摘する。しかし、そこで日本だけはアメリカを裏切らなかった。これが、結果的には、アメリカの完全没落を阻止し、日米関係を好転させるきっかけになった。
それまで安倍総理の靖国参拝で米国からもバッシングされて、孤立していた日本は、この一事でアメリカからの評価が急上昇した。そこに見られるのは、各国が同盟国を増やそうと、虚々実々の駆け引きを展開している姿である。
■3.「こんなもん、勝てるはずがない… 」
「同盟関係は自国の軍事力より重要なのだ」とは国際的に高名な戦略家エドワード・ルトワックの言であるが[g]、北野氏は先の大戦で日本が負けたのも同盟戦略の失敗にあった、と指摘する。
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私が注目したのは1941年に始まった「太平洋戦争」より前、1937年にはじまった「日中戦争」でした。
この戦争、中国は、アメリカ、イギリス、ソ連から支援を受け、日本と戦っています。・・・
つまり、事実上、日本 VS アメリカ、イギリス、ソ連、中国の戦いである。
私は、率直に思いました。
「こんなもん、勝てるはずがない… 」[1,p210]
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「戦闘」では、日本軍は蒋介石軍も共産党軍も圧倒し、連戦連勝だった。1937年7月7日、北京郊外の盧溝橋で何者かの銃撃により始まった衝突から、わずか5ヶ月後の12月13日には首都南京を攻略したが、蒋介石は重慶に移って抵抗を続けた。米英ソからの軍事支援があったからである。
日本は仏印(ベトナム)経由の援蒋ルートを絶とうと、北部仏印に進駐するが、ここからアメリカとの対立につながっていく。結局、蒋介石は実際の戦闘ではほとんど勝つことは出来なかったが、最終的には「戦勝国」の一つとなった。日本は同盟戦略で負けたのである。
■4.「アメリカは激怒しました」
日露戦争ではわが国は日英同盟によってイギリスから多大な支援を受けた。またアメリカの好意的な仲介により、絶妙のタイミングで講和ができた。1905年に結ばれたアメリカとの桂・タクト協定では「極東の平和は、日本、アメリカ、イギリス3国による事実上の同盟によって守られるべきである」と定められていた。
それがいったいどこで日米関係はおかしくなったのか? 北野氏は「桂・ハリマン協定破棄」がきっかけである、と指摘する。
ハリマンはアメリカの鉄道王。日露戦争直後に来日して、ポーツマス条約によってロシアから日本に譲渡された民間南満州鉄道の共同経営を要求した。日本側もこれには乗り気で、「桂・ハリマン協定(仮条約)」が結ばれた。渡部昇一はこの協定に関して、こう指摘している。
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明治維新の元勲たちは直感的に、ハリマンの提案をいい考えだと言いました。・・・日露戦争でカネを使い果たし、日本が軍事的に支配できているのは南満洲だけ。北にはロシアの大軍がいる。これらの条件を勘案(かんあん)すれば、満州の鉄道経営を日本だけでやろうとするのは無理があり、アメリカを入れておいた方がいいと考えた。[1, p214]
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ところが、この協定を日本政府は破棄してしまう。北野氏はアメリカから見た状況を次のように描写する。
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南満州鉄道共同経営は、中国や満州への進出を目指すアメリカにとっても非常に重要なものでした。
ところが、小村寿太郎外相(1855~1911)などがこれに強く反対し、結局日本側は「桂・ハリマン協定」を破棄します。
アメリカは、「日本に多額の資金を援助し、ロシアに勝ったら満州利権に入り込める!」と言う目論見だった。
しかし、日本は「満州の利権にアメリカは入れないよ!」と拒否したのです。
アメリカは激怒しました。
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こうして日本はアメリカを敵に回すハメとなった。アメリカはわずか2年後の1907年には対日戦争計画「オレンジ・プラン」の策定を始める。北野氏は言う。
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何はともあれ、日本は、日露戦争時多額の資金援助と和平の仲介をしてくれたアメリカの恩に報いなかった。
そして、アメリカの国益を尊重しなかった。[1, p215]
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アメリカの国益に鈍感だったことが、アメリカを敵に回すことになったのである。
■5.イギリスの日本への失望
イギリスとの関係悪化は、第一次大戦で日本が地中海に艦隊こそ派遣したものの、陸軍派兵要求を拒否し続けたことが原因、と北野氏は指摘している。たとえば、駐日イギリス海軍武官エドワード・H・ライマー大佐はこう発言している。
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我々が強い態度で状況を明確に説明し、イギリスが過去をいかに日本を援助したか、同盟国として何をなすべきかを明確に説明し、同盟国としての義務に耐えるべきであると強く示唆すると、日本人は我々から離れてしまう。[1, p219]
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イギリスは日本にいたく失望した。大戦中の1917年3月、大英帝国会議で配布された「日英関係に関する覚書」では「日本人は狂信的な愛国心、国家的侵略性、個人的残忍性、基本的に偽りに満ちており、日本は本質的に侵略的な国家である」と書かれていた。
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第一次大戦の結果、イギリスは「日英同盟破棄」を決意します。
そればかりではありません。
大戦時イギリスを救ってくれたアメリカと急速に接近していった。
米英はこの時から、「日本をいつか叩きつぶしてやる!」と決意し、「ゆっくりと殺していく」ことにしたのです。
日本は、日露戦争直後と、第一次大戦時の対応で米英を敵にまわし、「敗戦への道」を歩みはじめていたのでした。[1,p221]
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■6.桂・タクト協定を維持していたら
もし日本が米英の要求に応えて「極東の平和は、日本、アメリカ、イギリス3国による事実上の同盟によって守られるべきである」との桂・タクト協定を維持していたら、どのような未来が待っていただろうか。
中国での権益はイギリスと、満洲での権益はアメリカと共同で守っていたら、ソ連や中国共産党のつけ入る隙はなかった。蒋介石も米英の後ろ盾がなければ、日本との友好を図る以外に道はなかった。となれば日中戦争はなく、中国大陸の共産化もなかったろう。それは中国人民のみならず、周辺諸国にとっても大きな福音であったはずだ。
確かに、大東亜戦争が起こらなければ、アジア諸国の独立はもっと遅れたであろう。しかし日本の統治下で、台湾や朝鮮、さらには満洲が高度成長を続けることで、アジア各民族が目覚め、もう少しマイルドな形で自治権を獲得していったかもしれない。そのような道を日本は失ってしまったのである。われわれ自身の同盟戦略の失敗によって。
■7.同盟の達人・家康から学ぶこと
こういう議論に接すると、我々日本人は国際政治における同盟関係というものが、本当には分かっていないのではないか、という気がする。礼節と思いやり、信頼感に満ちた日本社会で暮らしている日本人は、国際社会の群雄割拠の中で、それぞれが国益を追求し、出し抜いたり、欺し合ったりするような関係には慣れていない。
現代の国際社会における同盟のあり方を考えるには、戦国時代の方が参考になるだろう。弊誌1036号「a]で紹介した世界的な戦略家エドワード・ルトワックは「家康は、人類史上でも稀に見る最高レベルの戦略家だった」と述べている。[1,1458]
天正7(1579)年、家康は信長から正室・築山殿と実子・信康が武田氏に内通している事を疑われ、ために築山殿を斬殺し、信康を切腹させるという処置に追い込まれた。これを耐え忍んで、信長との同盟関係を優先させたことから、家康の未来が開けていった。
関ヶ原の戦いにおいては福島正則や黒田長政など豊臣恩顧の武将を味方に引き入れ、また小早川秀秋に西軍を裏切りさせて、勝利している。「最高レベルの戦略家」は同盟の達人であった。家康から同盟に関して学べる事は、次の2点であろう。
・嫌な相手、悪辣な相手とも同盟を組まなければならない場合がある。ときにはその相手に隷従しなければならない事すらある。同盟は好き嫌いや善悪ではなく、勝敗の問題だからである。
・敵の中にも味方がおり、味方の中にも敵がいる。常に相手の利益を考えながら、味方を維持し、増やしていかなければならない。
■8.「『善悪論』から『勝敗論』へ」
家康が教えていることは、北野氏が「『善悪論』から『勝敗論』へ」と主張していることにつながるだろう。同盟の相手は、「善悪」で選ぶのではなく、「勝敗」で選ばなければならない。
そこから、北野氏は、北方領土を奪ったロシアや、慰安婦問題で世界中にプロパガンダをまき散らしている韓国を、同盟国とすべきかどうか、についても議論している。『中国に勝つ 日本の大戦略』はこういう深い思索から生まれてきている。
「あとがき」で、氏はこういう。
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日本も、強大な中国に勝ちたければ、明快な大戦略を持ち、10年~20年一貫性のある言動を取り続ける必要があります。[1, p316]
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そのためには、この『中国に勝つ 日本の大戦略』を実行する安定した長期政権が必要であり、多くの国民がこの戦略を国民的合意として支持していくことが不可欠なのである。
(文責 伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(382) 覇権をめぐる列強の野望
北野幸伯『ボロボロになった覇権国家(アメリカ)』を読む。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogbd_h17/jog382.html
b. JOG(515) 石油で読み解く覇権争い
北野幸伯著『中国・ロシア同盟がアメリカを滅ぼす日』を読む
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogdb_h19/jog515.html
c. JOG(565) ロシアから日本を見れば
私達が抱いている自画像とは、まったく異なる国の姿が見えてくる。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h20/jog565.html
d. JOG(748) 戦国時代を戦うプーチン ~ 北野幸伯著『プーチン 最後の聖戦』を読む
プーチンはアメリカの覇権に命がけの挑戦状を叩きつけている。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201205article_3.html
e. JOG(884) 国際社会は嘘ばかり ~ 北野幸伯『クレムリン・メソッド』を読む
アメリカ、中国、ロシア等々、それぞれが自国の戦略に沿ったプロパガンダで国際社会を騙している。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201501article_5.html
f. JOG(828)「孤立化路線」か「日米同盟路線」か ~ 北野幸伯『プーチン最強講義』を読む
中国がたくらむ中・韓・露・米の「反日統一戦線」に乗せられたら、先の大戦の必敗路線を歩むのみ。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201312article_5.html
g. JOG(1036) 戦争と平和の逆説 ~ エドワード・ルトワックの『戦争にチャンスを与えよ』から
「戦争ができる国」になってこそ、戦争のリスクを下げることができる、という逆説。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201711article_3.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
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1.北野幸伯『中国に勝つ 日本の大戦略 プーチン流現実主義が日本を救う』★★★★、扶桑社、H29
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2.北野幸伯「ボロボロになった覇権国家(アメリカ)」★★★、
風雲社、H17
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3.北野幸伯『中国・ロシア同盟がアメリカを滅ぼす日』★★★、
草思社、H19
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4.北野幸伯『隷属国家 日本の岐路―今度は中国の天領になるのか?』★★★、ダイヤモンド社、H20
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5.北野幸伯『プーチン最後の聖戦』★★★、集英社インターナショナル、H24
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6.北野幸伯『日本人の知らない「クレムリン・メソッド」世界を動かす11の原理」★★★、集英社インターナショナル、H26
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7.北野幸伯『日本自立のためのプーチン最強講義』★★★、集英社インターナショナル、H25
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8.エドワード・ルトワック『戦争にチャンスを与えよ』(Kindle版)★★★、 文春新書、H29
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■★★★★★目指すべき「国際派日本人」像(towsonさん)
この本では、多くの国際派日本人が紹介されており、この方達の逸話を読むことで、いわゆる「国際派日本人」とはどういう人のことを指すのか、という実例を知ることができます。
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詳細は本書に譲りますが、この方達のような人が一人でもいれば、現代に横行している中韓の醜悪なプロパガンダにも左右されずに、日本人の真の姿を伝えられるのに、と自分の力不足を嘆かされるのと同時に、目指すべき「国際派日本人」像を示してくれます。
日本政府の外交発信力に不満をお持ちの方、SNSなどを通じて、世界に日本人の真の姿を発信していきたいと考えている方には、特に一読をお勧めします。
伊勢雅臣『世界が称賛する 国際派日本人』、育鵬社、H28
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アマゾン「日本史一般」カテゴリー1位 総合61位(H28/9/13調べ)
■伊勢雅臣より
日露戦争時の国際派日本人たちは、高い識見と人格力で、世界に同盟国を広げていきました。