No.1067 最新科学が解明する利他の心

 利他の心は人間に喜びを与え、健康を増進し、能力を高める。その力が、明治日本の躍進の原動力となった。

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■■伊勢雅臣・講演「日本人として知っておきたい 皇室の祈り」

日時 6月24日(日)午後2:30~4:00
会場 会場:横浜市伊勢山皇大神宮 記念館2階「開明の間」
   横浜市「桜木町駅」徒歩10分
参加費 1,000円
主催 日本会議神奈川横浜支部
問合せ・申し込み 本メールへの返信にてお申し込み下さい
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■1.トランプ大統領のアメリカ流交渉術

 トランプ大統領と金正恩の会談のニュースを見ながら、私自身のアメリカでのビジネス交渉の経験を思い出した。日本でのビジネス交渉と全く違う点が二つあって、一つはトップ同士がサシで交渉すること、もう一つは初めて会う交渉相手に対して、相手がどれだけ信頼できるのか、瀬踏みしながら交渉しなければならないことである。

 トランプ大統領が自らを「ディール(取引)の名手」と自負するのは、こういうアメリカ型のトップ交渉の修羅場を何度もくぐりぬけてきた自信からであろう。

 日本型の交渉であれば、実務レベルで細部まで詰め、その後のトップ会談は儀式的なものになることが多い。また長年付き合っている相手なら互いに信頼しているので、裏切られたらどうしよう、などと考える必要はない。

 相互に信頼してビジネスを進められるのが普通の日本国内と、不信からスタートしなければならない国際社会の差が、こういう交渉スタイルの違いに端的に現れている。

 しかし、この点で日本だけが世界で特別だという事ではない。他国でも、互いを信頼しながら生きていける地域社会や集団は少なくない。ただ日本が特別なのは、国家の中心にひたすら利他の祈りを捧げる皇室を戴き、その利他心が国民に伝染して、国民どうしが信頼し会える国柄を育ててきたことだと、拙著『日本人として知っておきたい 皇室の祈り』[a]で述べた。

 近年、人間の利他心についての大脳生理学や実験心理学などの研究が進み、利他心が人間が進化の過程で得た本能の一部であること、そして幸福感、知的能力の発達、健康増進をもたらす事などが分かってきた。本稿ではその一端を紹介する。


■2.利他心は人間の本能の一部

 まず最近の大脳生理学は、利他心が人間の本能の一部である事を明らかにしつつある。すなわち、利他心は我々が精神的修養を積んで後天的に獲得するものというよりは、生まれながらにして人間の脳に組み込まれている、という学説である。もちろん、精神的修養によって、生まれながらの利他心がさらに発達することはあるが。

 たとえば、"The Altruistic Brain: How We Are Naturally Good"(「利他脳:いかに我々は生まれながらに善であるか」邦訳はまだない模様)では、ある条件の下では、子供はお菓子を貰う時よりも、誰かにあげる時の方が嬉しそうな顔をする、という実験結果を紹介している。[1, p138]

 この書のタイトルで、ことさらに「我々は生まれながらに善」などと仰々しく言うのも、キリスト教は人間が原罪を背負っているという性悪説をとっており、「利他心が人間の本能の一部」という学説はそれを覆す革命的主張だからであろう。キリスト教の天動説に、ガリレオが地動説をもって異を唱えたと同様である。

 しかしわが国の神道的世界観では、人間も含め、すべての生きとしいけるものは神の「分け命」であるから、「利他心は人間の本能の一部」といわれても、「そだね~」と思う程度である。

 我々の日常生活でも「利他心は人間の本能の一部」という事はよく経験する。例えば、電車の中で、目の前に杖を持った老人が立っているのに自分だけ座り続けていたら居心地が悪い思いをする。思い切って席を譲ったら、快い気分となる。利他心を発揮しなければ不快を感じ、発揮すれば快感を得る、という事は、利他心が本能である事を示している。

 拙著『世界が称賛する 日本の経営』[2]で登場いただいた日本理化学工業の大山泰弘社長は、近くの養護学校から依頼されて、二人の少女に働く体験をする場を提供した。すると、彼女たちが真剣に、いかにも幸せそうに仕事に打ち込む様に周囲の人々は心を打たれた。

 彼女たちは、会社で働くより施設でのんびりしている方が楽なのに、なぜこんなに一生懸命働きたがるのだろうか、と大山さんは不思議に思った。それに答えてくれたのが、ある禅寺のお坊さんだった。曰く、幸福とは「人の役に立ち、人に必要とされること」。この幸せとは、施設では決して得られず、働くことによってのみ得られるものだと。

「人の役に立ち、人に必要とされること」、すなわち利他心を発揮することによって人間は初めて幸せになれる。禅寺のお坊さんの教えは、最新の心理学研究と一致していたのである。


■3.利他心は「元気、長寿、有能」のもと

 利他心が喜びを生むメカニズムは生理学的にもかなり解明されている。人が利他心から他者のために祈るとき、「ベータ-エンドルフィン」や「オキシトシン」など、多幸感や快感をもたらす「脳内快感物質」が分泌される事が分かっている。[2, 89]

「ベータ・エンドルフィン」は、ランナーが長時間走り続けると気分が高揚する「ランナーズ・ハイ」現象を起こす物質であるが、同時に脳を活性化させて、記憶力を高め、集中力を増すという作用もある。また、体の免疫力を高めてさまざまな病気を予防する。

「オキシトシン」は恋人どうしのスキンシップや、母親が赤ちゃんに母乳を与えている時に大量に分泌される事から「愛情ホルモン」とも呼ばれている。同様に、大切な誰かを思い、その人への利他の思いが心に満ちた時、脳内に大量に分泌される。「オキシトシン」はまた記銘力(記憶力のうち、新しいことを覚える力)を活性化するという動物実験の結果も得られている。

 こうした結果から考えると、他者を愛し、その幸福を祈る利他心は、自身にも幸福感をもたらし、脳を活性化し、さらに体も元気にするという効果があるようだ。


■4.利他心は人類生存のための「武器」だった

 なぜ「利他心が人間の本能の一部」となったのかは、進化理論から説明できる。たとえば、太古のアフリカで人間がばらばらに生きていたら、赤ちゃんを抱いた母親は食べ物も見つけられず、猛獣に襲われても逃げられず、生存は不可能だ。

 そこで人間は家族で暮らすようになり、夫が食べ物を探し、妻が子供を育てるという分業をするようになった。それによって、ばらばらで生きていくよりは、生き残りの確率が高まる。そして家族を維持していくためには互いへの思いやりが必要であり、そこから利他心が生まれた。

 さらに複数の家族が集まってより大きな集団を作ると、猛獣から力をあわせて自分たちを護り、チーム作業で大きな獲物を仕留めることができる。乳幼児を抱えた母親を、周囲の女性たちが助けることもできる。

 約3万年ほど前に絶滅したネアンデルタール人は、現代人よりも屈強で、脳も大きかった。しかし家族よりも大きな集団は作れなかったようで、厳しい氷河期を生き残れなかった。一方、人類はより大きな集団で助け合って、生き延びてきた。利他心は人類の生存のための武器だったのである。


■5.利他の喜び

 拙著『世界が称賛する 日本の経営』[b]では、日本の経済的発展に貢献した多くの経済人を紹介したが、これらの人々は自己の利益よりも、「売り手よし(従業員)」「買い手よし(顧客)」「世間良し」の「三方よし」を生涯をかけて追求した。彼らはその過程で世のため人のために役立った喜びを語っている。

 たとえば、明治11(1878)年にニューヨークに進出して、日本の輸出産業の尖兵となった森村市左衛門は、その後、ノリタケ、TOTOなどの優良企業の事業の基礎を築いた人物である。

 明治37(1904)年、明治天皇の「教育の事はゆるがせにすべからず」というお言葉に感動して、創設されたばかりの日本女子大学校(現在の日本女子大学の前身)に現在価値では5億5千万円ほどの寄付を行った。これに関して、市村はこう語っている。

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 昨夜いらい私は非常に心に喜びをもっている。たとえ粟(あわ)一粒のようなまことに小さいものといえども、国家のために種を蒔
まいたと思いましたから、まことに安心をいたします。
これでまず死んでもあまり遺憾(いかん)はない。私が五十年間、刻苦辛労して働いたのは何のためであるか。国家のためである。いかにしてこの金を国家のために用いるかということは、長く心に問題としていたが、今日その問題を解決し、その目的を達することができたことは、私のためにうれしいことであります。[2, p119]
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 市村は同様に早稲田大学、慶應義塾大学、高千穂大学、北里柴三郎の研究所などにも、巨額の寄付を行っている。そのたびに、このような利他の喜びを味わったことだろう。

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■6.利他心が伸ばすやる気

 利他心はやる気も刺激する。たとえば『世界が称賛する 日本の経営』に登場いただいた豊田佐吉。自動織機の発明で財をなしたが、それをどう使ったか。周囲の人がこう証言している。

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 さて、其の利益をどうされたかと言うと、公債も買わなければ土地も買わぬ。他処の会社の大株主や重役にもなられぬ。只(ただ)次から次へと自分の紡織業の拡張につぎ込まれる。そうして日本の綿糸布の総高の何割は自分の力で出来る様になった。これが今一歩も二歩進んで、此処までゆけば大分御奉公になるがなあと言って、一人で喜んで居られる。[2, p132]
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 利己心だけでは、こうはいかない。十分な財をなし名声もあげたら、後はのんびりしたいと、それ以上の努力を止めてしまう。ところが、世のため人のためとなると、もうこれで良い、というゴールはない。したがって、利他心で頑張る人には、無限のフロンティアがある。そして、その利他の働きが楽しみであるから「一人で喜んで居られる」機会も無限にあるのである。

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■7.利他心がもたらす「和」の力

 聖徳太子17条憲法の「和をもって貴しとなす」の項は、「上和ぎ下睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん」と結ばれている。地位の上下はあっても、和気藹々(あいあい)と議論をすれば、物事の理が自ずから通ずるので、「できない事があろうか」と断言されているのである。

 利他心はこの「和」を実現する上でも、不可欠な基盤をなす。集団のメンバーがそれぞれ利己心で動いていては、共通の目標のために時には自己犠牲も甘受するという姿勢は出てこない。メンバー各人に利他心があってこそ、「和」が実現し、そこから一丸となって力が湧いてくる。

 このお手本を示したのが、わが国銀行業の祖と言われた安田善次郎である。明治15(1882)年、日本銀行が設立され、それまでは様々な銀行が発行していた紙幣を集約することになった。「安田善治郎」の名前の入った第三国立銀行の紙幣は特に信用があり、その発行権を失うと安田がもっとも損をする。

 そもそも紙幣発行は、大蔵省が20年間の権限を与えて奨励していたのである。渋沢栄一は、安田が紙幣発行権を取り上げる事に難色を示すだろうと予想して、直談判をした。安田は黙って渋沢の説明を聞いたうえで、こう応えた。

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 よく解りました。それが金融界の健全な発展のために必要だというのであれば、よろこんで賛成いたしましょう。[2, p157]
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『皇室の祈り』では、「利他心は伝染する」と書いた。これと全く同じ表現を、最新の心理学成果を説明した『SQ生き方の知能指数』[3]で見つけた。

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他者の行為は神経に強い影響を及ぼし、感情が伝染する。人間は、風邪のウイルスに「伝染」するのと同じように、強い感情にも伝染する生き物なのだ。[3, p28]
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 安田が発揮した利他心は、他の銀行家たちにも伝染したに違いない。そこから生まれた「和」が、中央銀行の創設をスムーズに進め、日本経済の近代化を後押ししたのである。

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■8.幸福をもたらす利他の道

 明治時代の天寿は60歳くらいだったようだ。豊田佐吉は63歳で亡くなっているので、天寿を全うしたと言える。森村市左衛門は79歳まで生きたので、今日で言えば100歳くらいまで生きたという感じだろう。安田善治郎に至っては没年82歳。それも数々の善行をひた隠しにしていたので、守銭奴と誤解されて暗殺されたのだった。

 これらの人々は常識的には「元気、長寿、有能」だからこそ偉大な業績を残したと考えられるが、認知神経科学から言うと、強い利他心があったために、脳内快感物質が大量に生じて、「元気、長寿、有能」となった、と言えるかもしれない。いずれにせよ、利他の喜びに満ちた幸福な人生を送ったのである。

 明治日本の躍進の原動力となったのは、これらの偉人であり、同様に強い利他の心を持った有名無名の無数の経済人たちであった。彼らの強い利他心が、黒船からわずか70年足らずで、有色人種国家でただ一国、国際連盟の理事国となったという世界史的偉業を成し遂げたのである。

 とすれば、彼らは強い利他心のお陰で、自身も幸福な充実した人生を歩みつつ、国家を隆盛に導いて国民を幸福にした、と言える。

 彼らの強い利他心はどこから来たのか。彼らを育てたのは江戸時代の国学、漢学、心学であり、それらを通じて皇室のひたすら国民の幸せを祈る利他心が彼らの心に伝染したと考える。

 充実した幸福な人生を歩み、それを通じて立派な国家を作り、国民を幸せにする道を、我々の先人たちは知っていた。その道が正しいことを、最新の現代科学は改めて立証しつつある。
(文責 伊勢雅臣)


■リンク■

a. 伊勢雅臣『日本人として知っておきたい 皇室の祈り』、育鵬社、H30
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594079032/japanontheg01-22/
アマゾン「メディアと社会」「ジャーナリズム」カテゴリー 1位(H30/2/1調べ)
万民の幸せを願う皇室の祈りこそ、日本人の利他心の源泉。

b. 伊勢雅臣『世界が称賛する 日本の経営』、育鵬社、H29
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594076858/japanontheg01-22/
アマゾン「日本論」カテゴリー 1位(3/6調べ)

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■伊勢雅臣『世界が称賛する 日本の経営』に寄せられたアマゾン・カスタマー・レビュー

■評価★★★★★ 日本と世界を救える哲学が日本にはありました。(廣井孝弘さん)

 伊勢さんのこの第3弾の著作は、アメリカでもユダヤでもない日本の商いや会社の国全体と過去と未来を見据えた経営方針が、日本と世界を救える真のグローバルスタンダードとなるべきであることを証明していると思います。日本人が世界のビジネスマンを含むすべての人たちに誇れる内容があります。

■評価★★★★★ 外に学ぶのではなく、足元に光をあてる(小林敏之さん)

 西洋流の経営に常に学んできて、気が付いたら諸外国は自分たち日本的経営から学んで発展し、日本は失われた20年。・・・
 日本流の経営は一見すると古臭いものに思われがちだが、真実は最もエネルギー効率がよく、持続可能であり、調和を整えるものだということを本書は指摘する。
日本は、外に学ぶのではなくして、足元にある日本的経営に再び光をあてるべき時に来ている。
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■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. Donald W Pfaff, "The Altruistic Brain: How We Are Naturally Good"★★, Oxford University Press, 2014
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B00O0URM3E/japanontheg01-22/

2. 中野信子『脳科学からみた「祈り」』★★★、潮出版社、H23
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B00R1ITK4Q/japanontheg01-22/

3. ダニエル・ゴールマン『SQ生きかたの知能指数』★★、日本経済新聞出版社、H19
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4532313023/japanontheg01-22/

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