Wing2835 国際派日本人養成講座 No.97 クジラ戦争30年

 捕鯨反対運動は、ニクソンの選挙戦略から始まった。

■■ 転送歓迎 ■■ No.2835 ■■ H31.01.18 ■■ 7,832部■■

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【伊勢雅臣】昨年末に日本政府はIWC(国際捕鯨委員会)から脱退しました。日本が国際機関から脱退するのは珍しいことですが、多くの国際機関は国際政治に翻弄され、またその運営も不透明なところが多いようです。日本人の「国連信仰」「国際社会礼賛」を見直すのには、良い教材です。

 今まで捕鯨問題に関しては、3回取り上げましたが、その記事を再発行させていただきます。第1回は捕鯨問題の発端をふり返っています。(H11.07.24発信)
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■1.1972年6月、国連人間環境会議■

 1972年6月8日朝、ストックホルムで開かれた第一回国連人間
環境会議第2委員会。この日は、アメリカが提案した商業捕鯨の
10年間禁止(モラトリアム)について審議される予定であった。
日本代表団は定刻に会場に入ったのだが、何と会場には誰も来て
いない。不審に思って、事務局に聞いてみると、翌日に延期され
た、との由。奇妙な事に、日本側だけがつんぼ桟敷に置かれてい
たのである。

 アメリカ案に対抗して日本は修正案を用意していた。「危機に
瀕した鯨種だけを10年間モラトリアムの対象にする。どの鯨種
が危機に瀕しているかは、IWC(国際捕鯨委員会)の評価に任
せる」として、専門知識を持ったIWCの役割を尊重するもので
あった。日本側は、捕鯨国だけでなく、アジア・アフリカを中心
に、参加112カ国中、60カ国の賛成票を読んでいた。

■2.わずか1日の大逆転■

 会議を1日遅らせたのは、アメリカ側の根回しのための時間稼
ぎが理由であった。提案を「IWCの主催のもとに」モラトリア
ムを行う、と修正し、当時大統領補佐官だったヘンリー・キッシ
ンジャーが、参加各国の外相に直接電話で支持を要請した。あく
まで日本案にこだわる国には欠席を強要した。

 翌日開かれた第2委員会では、欠席44カ国という異常な状態
の中で、アメリカ案賛成53カ国,反対は日本を含め3カ国、棄
権12カ国で採択された。わずか一日での逆転劇であった。

 この時に第2委員会議長を出したケニアには、その首都ナイロ
ビに国連環境計画(UNEP)の本部が置かれ、この環境会議の
事務局長を務めたカナダ人ストロングがその事務局長に就任して
いる。アメリカ案採択に協力したご褒美であった。

 これが、以来30年近く続くクジラ戦争の幕開けであった。

■3.ニクソンの狙い■

 当初、アメリカの提案は各国に冷ややかに受け止められていた。
「人間環境会議」になぜクジラなのか、専門機関であるIWCに
なぜ任せないのか、というのが、多くの参加国の反応であった。

 当時の米国はベトナム戦争において、密林地帯に潜む北の解放
軍兵士を掃討するために、強力な除草剤を空から撒く「枯れ葉作
戦」を繰り広げていた。強力なダイオキシンを含む除草剤によっ
て、森林は破壊され、奇形児が多数生まれていた。主催国スウェ
ーデンのパルメ首相は、この問題を環境会議で取り上げると予告
していた。

 ニクソン大統領はこの年の11月に再選挙を控えており、ライ
バルの民主党ジョージ・マクガバン上院議員はベトナム戦争反対
を訴えていた。もし環境会議でこの問題が取り上げられ、アメリ
カが国際的な非難を浴びたら、ニクソン陣営は面子丸つぶれとな
る。

 捕鯨モラトリアムの提案は、このような事態を避け、逆に環境
問題でのリーダーシップを誇示して、マクガバンの支持層を切り
崩す一石二鳥の作戦だった。それは見事に成功した。19世紀に
は捕鯨大国として太平洋の鯨を激減させ、今まで一度たりともI
WCでモラトリアムなど提案したことのなかったアメリカは、こ
の時から反捕鯨陣営のリーダーに変身したのである。

■4.科学委員会:モラトリアムに科学的根拠なし■

 ストックホルムの環境会議が終了した翌週、第24回IWC年
次会議がロンドンで開かれた。アメリカの捕鯨モラトリアム提案
は、国際捕鯨取締条約にしたがって、まず科学委員会にかけられ
た。

 ところが、科学委員会は「すべての鯨種の商業捕鯨モラトリア
ムには科学的根拠もなく、またその必要もない」という結論を出
した。科学委員会ではクジラに関する世界的権威が集まって、今
まで科学的データを積み重ね、必要な規制は行ってきているので
ある。アメリカから参加した3人の科学者もこの結論に異存はな
かった。

 ただひとり異を唱えたのは、クジラ学者ではなく、モラトリア
ム工作のためにアメリカ政府から送り込まれた環境問題の専門官
僚リー・タルボットであった。タルボットは、せめて「自分が反
対したことを、報告書に記録してほしい」と申し入れた。しかし
多数のメンバーに「理由も示さずに反対を唱えるのは筋が通らな
い」と一蹴され、全会一致の結論とされた。

■5.反捕鯨陣営の多数派工作■

 科学者達を相手にしていては、らちがあかないと判断したアメ
リカは、多くの反捕鯨国をIWCに加盟させ、本会議の多数決で
乗り切る戦術に変更した。

 72年に15カ国だったIWC加盟国は、10年後の82年には、
39カ国にまで増えていた。24カ国の増加のうち、19カ国は
アメリカやグリーンピースなどの環境保護団体が加盟させた反捕
鯨国である。

 これらの中にはセントルシア、セントビンセント、ベリーズ、
アンティグア・バブーダなどという普通の日本人には聞いたこと
もない国々が含まれていた。いずれもカリブ海に浮かぶ小さな島
国でイギリス連邦に属している。イギリス本国からIWC加盟を
要請され、分担金などの経費はグリーンピースが立て替え、さら
に代表もアメリカ人などが務める。多数派工作のための完全な傀
儡メンバーである。

 多数派工作が進展した82年のIWC年次大会、いよいよ捕鯨モ
ラトリアムが本会議において採決される直前、日本代表の米沢邦
男が発言を求めた。米沢は、IWCの科学委員会が過去一度もモ
ラトリアムを勧告したことはないのに、本会議でモラトリアムの
採決をすることは、捕鯨条約に違反する、と主張した。

 しかし米沢の指摘に実質的な反論はないまま、採決に入り、モ
ラトリアムは賛成25、反対7、棄権5,欠席2の多数決で採択
された。

■6.日本の異議申立てに米政府の圧力■

 商業捕鯨10年間のモラトリアムという決定に対し、日本政府
はただちに異議申し立てを行った。この権利は捕鯨条約第5条で
保証されており、異議申し立てをした国は、IWCの決定には拘
束されない。モラトリアムの採択自体が、捕鯨条約を踏みにじっ
たものであるから、この異議申し立ては正当である。

 これに対して、アメリカは異議申し立てを撤回せよと日本政府
に要求してきた。異議申立てを撤回しなければ、「捕鯨条約の規
則の効果を減殺した国には、アメリカ200カイリの漁獲割当て
を削減する」という国内法を適用せざるを得ないと脅しをかけて
きた。

 実は、46年捕鯨条約を制定した時に、この異議申立て条項を要
求したのはアメリカ自身であった。この条項が盛り込まれなけれ
ば、アメリカは加盟しないとまで言った。アメリカは自ら要求し
た異議申し立ての権利を他国が使うと、自らの国内法を盾に圧力
をかけたのである。

 しかし、当時、アメリカの200カイリ内での我が国漁獲高は
約1300億円。鯨の約110億円の10倍以上であった。2年
以上の日米協議の結果、日本政府は84年11月に異議撤回を表明し、
87年末までに商業捕鯨をすべて停止した。

■7.調査捕鯨への転換■

 しかし、日本政府は、捕鯨技術の維持と、科学的データの収集
を目的として調査捕鯨の計画を作成し、87年のIWC年次大会で
発表した。調査捕鯨については、捕鯨条約で「捕鯨業の健全で建
設的な運営に不可欠」であると奨励までされおり、「この条約の
いかなる規定にも拘らず」、締結国政府は調査捕鯨ができるとさ
れている。

 年次大会では、日本の計画に対して「中止勧告」を採択した。
しかしこれは単純多数決で強制力は伴わない。この勧告に対して
日本の首席代表・斉藤達男は次のような毅然たる発言をした。

 調査捕鯨に対する中止勧告は、捕鯨条約の否定であり、科学
の否定である。IWCは締結国の主権を侵害する決議をした。
調査を行うかどうかの判断は、条約第8条に基づいて日本政府
が決めることである。

 その後の日本の調査捕鯨は、貴重なデータを提供して、IWC
科学委員会から高く評価された。特に南氷洋のミンク鯨は76万
頭も存在し、またその異常な繁殖が、真に保護すべきシロナガス
鯨の増加の阻害要因となっている事も明らかになった。

 当初のモラトリアムには「90年までには資源の包括的な評価を
行う」という見直し条項が入っていたのだが、このようなデータ
にもかかわらず、包括的評価は継続協議ということで先送りされ
たままとなり、代わって反捕鯨国側は、南氷洋で全鯨種の商業捕
獲を禁止するサンクチュアリ(聖域)を採択した。

■8.国際的支持を集めつつある日本■

 しかし科学的根拠と国際条約を無視し続ける反捕鯨国の姿勢に
対して、国際世論は徐々に批判的になってきている。

 99年の総会では、かつて反捕鯨陣営に要請されてIWCに加盟
したセントルシアなどカリブ6カ国が、反旗を翻して、日本支持
に回った。捕鯨国でもないのに、IWC加盟費用を支払い、自前
の代表団を送って、「どうみても日本の主張が正しい」と主張し
た。アメリカの環境保護団体からの「観光客を差し止める」とい
う脅しにも屈しなかった。[2]

 98年のIWC総会では、反捕鯨派の欧米諸国の捕鯨に関する世
論が紹介された。それによると米国民の71%がIWCがきちん
と管理する限り、ミンク鯨の食用のための捕獲を支持すると答え
ている。[3]

 2050年には100億人の大台に乗る世界の人口を養うには、動
物蛋白が絶対的に不足する。1キロの畜肉を得るには、その5倍
近い飼料用穀類が必要で、今でも世界の穀類生産の半分は飼料向
けになっている。また畜肉の中心である牛は、現在10億頭を超
えるが、その排泄物は地球環境に深刻な影響を及ぼしている。今
後、クジラを中心とした海洋資源に頼らざるを得ないのは明らか
である。

 日米のクジラ戦争もあと数年で30年となる。その時の日米に
対する国際的評価はどうなっているだろうか。アメリカが選挙対
策などの政治的目的のために、科学的根拠や国際条約を踏みにじ
り、食料危機と真の生物保護から目をそらせて、捕鯨禁止に血道
を上げたのは、国際的リーダーとしてあるまじき行為と非難を浴
びている可能性が高い。

 逆に日本は科学的データに基づき、不屈の努力を通じて、国際
世論を人類全体の未来のために正しい方向に導いたとして、評価
されているであろう。クジラ問題は、わが国が国際的リーダーシ
ップを発揮して成功した事例のひとつとなりつつある。

■ 参考 ■
1. 「動物保護運動の虚像」、梅崎義人、成山堂、H11.5
2. 産経新聞、H11.06.05、東京夕刊、1頁
3. 産経新聞、H10.05.18、東京夕刊、3頁

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【伊勢雅臣】最後の一文は楽観的すぎました。実は、捕鯨問題は国際経済が絡む問題で、捕鯨反対を強烈に後押しする国と業界がありました。次号以下で、それを論じます。
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