No.1129 「ローカル経済圏」の復興が「和の国」を支える


 雇用で8割を占める「ローカル経済圏」が活性化すれば、明るい明日の日本が創れる。

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■1.雇用の8割を占める「ローカル経済圏」

 第1次安倍政権が誕生した平成25(2013)年の夏頃、「アベノミクス第3の矢」の成長戦略メニューに関して、こんな感想を述べた人がいた。

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 アベノミクス 第三の矢の成長戦略メニューって、おおむね正しいんだけど、何かピンとこないんだよね。

 これ、要は大手製造業やIT企業などのグローバル成長を意識したメニューなんだけど、日本経済でこうした産業が占める割合って、もはやせいぜい三割程度。雇用にいたっては二割くらいなんだ。[1, 2457]
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 政府の肝入りで発足し、カネボウなど多くの事業再生を支援した「産業再生機構」の代表取締役を務めた冨山和彦氏の発言である。

 富山氏は大手製造業やIT企業などグローバル市場で活躍する企業群を「グローバル経済圏」、それ以外を「ローカル経済圏」と呼ぶ。後者は地域の小売り商店、ホテルや旅館、レストラン・食堂・飲み屋、病院や介護施設、学校・塾、バスやタクシー・地域鉄道、スポーツ・ジムその他のレジャー施設、行政など、要は我々が日常生活でお世話になっている事業者からなる。

 こういう「ローカル経済圏」が経済規模で7割、雇用で8割を占めるというから、この部分を見過ごした経済対策では、「ピンとこない」のも無理はない。


■2.「ローカル経済圏」が提供する雇用機会

「グローバル経済圏」と「ローカル経済圏」の違いは大きい。

 まずは地元雇用への波及効果が違う。たとえば、トヨタはアメリカに工場を持ち、アメリカ市場で相当のシェアを持っている。そこでの稼ぎはトヨタの米子会社の利益となり、米国に税金を払う。日本国内にはその一部が、トヨタ本社への配当や技術使用料として還流してくるが、それが多少増えても、トヨタ本社が研究者や管理スタッを比例して増やすわけではない。

 それに対して、「ローカル経済圏」では、外国人観光客が増えれば、ホテルもレストランの売り上げも比例して増える。当然、従業員もそれなりに増やさなければならない。地域の雇用が増えれば、新たに雇われた人たちの外食やレジャー支出などが増えるので、地域はさらに潤っていく。

「ローカル経済圏」は労働集約型のサービス産業が中心のため、雇用を生み出す力が格段に大きい。そこが活性化すれば、より多くの国民が仕事と収入を享受できる。

 雇用の中身も違う。トヨタの研究者や経理スタッフには、高度の知識・経験が必要であり、一般人が即戦力になりうる職種ではない。「ローカル経済圏」では、たとえばホテルの清掃やレストランの給仕など、高校生のアルバイトでも戦力となる。子育てを終わった主婦や、定年後の第二の仕事を求める高齢者も活躍できる。

 雇用の流動性も高い。トラックの運転手や看護師が同業他社に移ることは、トヨタの研究員が定年後に他所で専門知識を生かせる仕事を見つけるよりは遙かに容易だ。

「ローカル経済圏」での雇用は、量が大きいだけでなく、質の面でも一般人への間口が広く、敷居も低いのである。


■3.幸せな生活スタイルにつながる「ローカル経済圏」

 富山氏は言及していないが、働き手の生活スタイルも大きく異なる。トヨタは全国から多くの人を雇用しているが、彼らの多くは出身地を離れて、本社のある愛知県豊田市や、東京本社などで働く。国内の転勤のみならず、海外勤務も珍しくない。

 それに対して「ローカル経済圏」なら、たとえば福井生まれの人が地元の商店に勤めて、両親と同居することも可能である。子供を授かれば三世代同居となり、そういう家庭の多いことが、福井県の小中学生が学力や体力で常に全国のトップクラスにつけている要因の一つとされている。[a]

 主婦は子育てを祖父母に助けて貰うことで、育児をしている女性の有業率では全国2位(平成29年)、出生率(同)も全国で12位。お年寄りも、子や孫との接点が増えて、安心で生きがいのある生活を送れる。「ローカル経済圏」が活性化することで、多くの国民が生まれ故郷での幸せな暮らしをすることができるようになり、それが人口減少対策にもなるのである。


■4.「ローカル経済圏」の高齢化と人手不足

 しかし、現実の「ローカル経済圏」はどうだろうか? 駅前はシャッター街、郊外には独居老人という有様だ。その原因として「地方は疲弊していて仕事がなく、結果的に人手が余っていて、職に困った若者が東京に出て行ってしまい空洞化が起こっている」と言われるが、これには富山氏は首を傾(かし)げる。

 富山氏は現在、コンサルティング会社「経営共創基盤」を経営しているが、同社が100%出資している東北の地方公共交通の運営会社は、バブル時代ですら運転手不足で困っていたという事実があるからだ。

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地方は高齢化がすさまじい勢いで進行していて、どこの病院も看護師不足で悩んでいる。どこの介護施設も、介護福祉士がいないと嘆いている。医師不足は別の問題だが、とにかくどこへ行ってもひどい人手不足に陥っていた。[1, 190]
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 生産年齢人口(15歳以上、65歳未満)の平成2(1990)年から平成24(2012)年の変化で見ると、東京は約13万人増加しているのに対し、東北地方はおよそ90万人も減少している。

 すなわち、「ローカル経済圏」は働き手が都会に流出してしまうことで、人手不足が深刻化しているのである。人手の流出で駅前商店街が後継者不在でシャッター街となり、バス会社も残業、休日出勤が増えて、ますます就職希望者が減ってしまう。


■5.「ローカル経済圏」の労働生産性と賃金の低さ

 人手不足なのに、なぜ働き手が都会に出てしまうのか。それは賃金水準が低いからだろう。平成30(2018)年の都道府県別年収で見ても、東京が622万円でダントツだが、岩手、山形、青森、秋田各県はいずれも400万円以下である。これではいかに家が広く、自然が豊かでも、都会に出ていこう、と考えるのも無理はない。

 賃金が安いのは労働生産性が低いからだ。日本の主要製造業の労働生産性は世界トップレベルで、「グローバル経済圏」はそれをテコに世界市場で勝負して利益を上げ、高い賃金も払える。

 しかし「ローカル経済圏」では、アメリカを100とすると、小売り・卸売りで42.9、飲食・宿泊ではなんと26.8である。[1, 1641]

 この低生産性の主要因は「ローカル経済圏」の人口密度の低さである。東京都の人口密度は平方キロあたり約6,300人。対して東北地方では福島県135人を筆頭に、青森県130人と続き、岩手県に至っては81人と、と東京のおよそ80分の1である。

 人口密度が数十分の1では同じようにローカルバスを走らせても、客も売り上げもはるかに少ない。東京なら10分に1本のバスでも相当な客が乗っているのに、地方では2時間に1本で乗客は数人という光景が珍しくない。これでは運転手1人あたりの売り上げも微々たるもので、当然、給料も抑えざるをえない。

 この人口密度の低さというハンディをなんとか乗り越えようというアイデアが「コンパクト・シティ」構想である。地方のターミナル駅を中心に人口30~50万人程度の中核都市圏を作り、周辺の小さな市町村から人口と都市機能を集める。東北地方であれば、青森市や盛岡市(ともに30万人)のイメージである。

コンパクト・シティ.gif


 介護施設、病院などが集まってくれば、高齢者が車の運転ができなくなっても、歩いて通院出来る。保育施設や幼稚園などが集まれば、働く女性も住みやすくなる。人が集まれば、飲食店やレジャー施設も繁盛する。駅前のシャッター街はこうして復活していく。

 人口密度が高まれば、労働生産性も高まり、賃金水準も高くできる。それによって、働き手も集まってくるから、さらに人口密度が高くなる、という善循環が生まれよう。


■6.先のない企業の「穏やかな退出」を

 富山氏は産業再生機構での経験を生かして、労働生産性向上のための政策提案をしている。それは生産性が低いがために赤字となっている企業の「退出」を促進することである。たとえば、赤字企業はたいていの場合、銀行から最大限の融資を受けている。その際に、銀行は経営者の個人保障を求める。

 個人保障ゆえに、いざ企業が倒産したら、経営者は個人の貯金や家屋敷まで取り上げられる。子供は進学を諦め、家族は路頭に迷う。それを避けるために、中小企業の経営者はなんとしても倒産は避けようと、先行きの展望がなくとも必死の苦闘を続ける。

 富山氏は、産業再生機構時代には、倒産した経営者からは生活財産や、つつましいマンションなら取り上げなかった。その後も生活していかねばならないからだ。このように、事業を畳んだとしても、最低限の生活はできるよう保障すれば、生産性の低い、先の見通しの立たない事業は早めに諦めることができるようになる。

 そうなれば、破綻寸前の企業の悪あがき的な安値攻勢もなくなって、競合企業も健全な利益を得て、適正な賃金を提供できる。従業員も一時は失業しても、生産性のより高い企業に移ることができる。結果的に、生産性の高い企業の人手不足は緩和され、「ローカル経済圏」全体の労働生産性も上がっていく。

 さらに、人余りの時代に、なるべく中小企業を潰さないように支援していた政策も見直す必要がある。その一つが信用保証協会の債務保証で、銀行は通常の融資ができない破綻寸前の企業でも、その債務保証があれば、融資をしてくれる。それでも倒産して、協会が代わって弁済した金額は平成29(2017)年で3万6千件、3500億円。富山氏は次のように指摘する。

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 一九九〇年代ごろまでは、保証協会の社会政策的合理性はあったと思う。当時は深刻な人余り状態だったので、保証協会融資を実行することで倒産を防ぐ意味があった。しかし、地方の人口が減少し、過疎が進むということを受け入れず、闇雲にがんばって延命医療をすることに社会政策的意味はなくなっている。[1, 2151]
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 破綻した企業の尻拭いに3500億円も使うくらいなら、「転廃業支援金」「事業譲渡促進支援金」という形で、「穏やかな退出」のためにお金を使った方が良い、と富山氏は主張する。それにより倒産した経営者が、別の事業に再チャレンジしたり、あるいはそれを元手に年金生活に入るという道が開かれる。

 現行の銀行融資や保証協会制度は、企業経営者を鞭打って、半死半生の企業に延命措置をしている。それによって従業員には低賃金、同業者には安売りという迷惑をかけている。そんな企業が往生できるような施策が必要である。


■7.外国人労働者は対処療法に過ぎない

 人手不足というと、すぐに外国人労働者を入れようという主張する輩がいるが、富山氏はこの問題に関して、貴重な経験をしている。

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私の祖父母は戦前、北米カナダに移民し、父はそこで生まれ、思春期までを過ごした。もともと植民地で、かつ多くの移民を受け入れていたカナダでさえ、移民を受け入れる側の白人社会と、移民した側の日本人との間のストレスがいかに大きいものだったか、私は父や祖父母から嫌というほど聞かされた。
この手のストレスは、上流階級同士ではあまり生まれない。その地域のまさにL(JOG注:「ローカル経済圏」)な世界で生きてきた人たちと、そこに下層労働者として入ってくる移民との間で生まれるものだ。[1, 2406]
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 移民に関しての同様の軋轢が世界中で起こっている。移民がもたらすストレスとは文化的な問題だけではない。移民労働者は低賃金で「ローカル経済圏」に入ってくるので、そこでの職を奪い、かつ賃金水準を下押しする。「ローカル経済圏」で働く人々にとっては、招かれざる客なのだ。

 企業側にとっても、一時的に人手不足は解消できるが、それがために生産性を向上させようという志は薄れてしまう。低生産性が低賃金をもたらす、という根本的な問題はそのままである。それでは、いずれ外国人労働者ももっと稼ぎのよい都会に去ってしまうだろう。「ローカル経済圏」にとって、外国人労働者とは一時しのぎの対処療法でしかない。

 そもそも、労働生産性で小売り・卸売りはアメリカの4割程度、飲食・宿泊に至っては3割以下という状況で、「人手不足だから外国人労働者を」という主張自体がおこがましい。

 多くの経営者が「外国人の雇用」「女性と高齢者の活用」「労働生産性の向上」という順序で考えている事に対して、富山氏は言う。

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正しいのは、反対の順序だ。最初に生産性を上げることを考え、女性と高齢者の就労率を上げることを考え、外国人労働者についてはまずは高度人材から、そして非高度人材については必要最低限の範囲で期間限定型での導入を検討し、最後に移民の問題に入るべきだ。[1, 2432]
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 生産性向上については日本の「グローバル経済圏」は世界最高レベルの「改善」の経験とノウハウを持っている。また国民一人ひとりの教育水準も高く、顧客や企業に対する強い利他心を持っているので、改善には積極的である。そういう日本人の強みを十二分に発揮させれば、労働生産性を向上させて高い賃金を実現できよう。

 そうなれば、仕事では適正な収入と生きがいを得つつ、豊かな自然の中で、家族や郷里の人々と共に暮らせる幸せな「ローカル経済圏」を実現することができる。それこそ明日の明るい「和の国」日本の姿である。
(文責 伊勢雅臣)


■おたより

■コンパクトシティで集められた土地に愛着を持たせるのは困難(secretary_of_japanさん)

いつも伊勢氏の見識の高さに感銘を受けておりますが、今回のローカル経済経済圏の話は、少し違っているように感じます。

経済成長において、ローカル経済は人口密度が低いため、労働生産性があがらない。このため、コンパクトシティで人口を集約するべきとの考えですが、この議論をすすめるなら、東京一極集中を強めるなら日本経済はより強くなるとの意見に最終的にはなるように思います。

故郷を愛し、愛するからこそ地域のために頑張ることができるのであり、コンパクトシティで集められた土地に愛着を持たせるのは困難だと思います。

自分が生まれ育った場所で、頑張っていきてきた人が、一生をその地で終えたいと願う限り、その生活を保証するのが保守政党の役割と存じます。

ローカル経済の復活は、地方の土地の広さ、多様な食文化などを活かした計画をするべきと存じます。


■伊勢雅臣より

 説明が不足していましたが、コンパクトシティは30万程度の地方都市に周辺の過疎地域から人々や産業が集まるということです。秋田県の過疎地域の人々が秋田市に集まるということで、いきなり東京に行くわけではありません。(近くとも故郷から離れることには変わりありませんが)

 また、ご指摘のように、それで空いた土地をどう再活用するのか、という点では、もう一工夫、必要ですね。



■リンク■

a. 「学力・体力トップクラス-福井県の子育てに学ぶ(上下)、伊勢雅臣『世界が称賛する 日本の教育』、育鵬社、H29
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594077765/japanonthegl0-22/
アマゾン「日本論」カテゴリー 1位(8/3調べ)、総合41位

b. JOG(914) 「懐かしい未来」を開く里山資本主義
 里山の資源を有効活用すると「懐かしい未来」が見えてくる。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201508article_7.html

c. JOG(633) 「明るい農村」はこう作る ~ 長野県川上村の挑戦
 「信州のチベット」が高収入、高出生率を誇る「明るい農村」に変貌するまで。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h22/jog633.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 冨山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略 (PHP新書) GとLの経済成長戦略 GとLの経済成長戦略』(Kindle版)★★★、PHP新書、H26
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4569819419/japanontheg01-22/

なぜローカル経済から日本は甦るのか GとLの経済成長戦略 (PHP新書)
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