No.1226 ビゴーの風刺画は歴史教科書にふさわしいか?
ビゴーはどんな立場から、どんな目的で、日本を揶揄する風刺画を描いたのか?
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■1.選手たちの情熱、妨害者たちの陰湿
東京オリンピックが始まりました。開会式の前に始まった女子ソフトボールは、21日の第1戦では、オーストラリア相手にホームラン3発のコールド勝ち。翌日第2戦はメキシコ相手に、延長8回でサヨナラ勝ちという熱戦でした。
39歳の上野由岐子投手の二戦連続先発の力投、2回連続のピンチを食い止めた20歳の後藤希友投手の見事な火消しと、アマチュア選手たちの情熱に心打たれました。コロナ禍のために無観客でしたが、せっかく福島市で開催したのですから、大震災に見舞われた子供たちだけでも招待して、元気づけて欲しかったと思いました。
その一方で、何とか東京オリンピックを妨害しようという陰険な策謀が続いています。朝日新聞は開会式当日の一面トップが「開会式演出、小林氏を解任 過去にユダヤ人虐殺揶揄」、社説は「五輪きょう開会式 分断と不信、漂流する祭典」です。それほどオリンピックに反対なら、オフィシャル・パートナーをやめるべき、との批判も起きています。
それにしても開会式の前日に発覚したディレクター・小林賢太郎氏のユダヤ人虐殺揶揄というのは、1998年に書いたコントのセリフ原稿です。開幕式4日前には楽曲制作を担当していた小山田圭吾氏が1990年代に出版した雑誌や書籍でのいじめインタビューがネット上に広がり、辞任しています。
小林氏、佐々木氏とも弁護するつもりはありませんが、20年以上も前のコント原稿や雑誌記事まで調べて、開会式直前にぶつけてくる、というのは、何者かの意図的な策略としか考えられません。オリンピックに賭ける選手たちの情熱を汚す、まことに陰湿な手口です。
■2.「放射能防護服を来た聖火ランナー」!?
嫌がらせは国外からもやってきました。この2月、韓国の民間団体があるポスターを作成し、インターネット上で公開しました。それは、聖火ランナーが放射能防護服を着て走っている風刺画です。それを見て、ふと、こんな空想をしました。
数十年後の歴史教科書にこの風刺画が掲載されて、「2020年の東京オリンピックは、福島に残る放射能の危険の中で強行されました」という説明文がつけられたら、どうでしょうか? 今の我々なら「そんな馬鹿な」と一蹴できますが、数十年後の中高生なら信じ込んでしまう恐れが多分にあります。
実はそれと同様の事が、現在の中学や高校の歴史教科書で行われているのです。ほとんどの皆さんは教科書に掲載されているジョルジュ・ビゴーの風刺画を覚えているでしょう。
たとえば、舞踏会用の服装をした日本人男女が鏡に向かっていますが、そこに写っているのは二匹の猿、という人種差別丸出しの画があります。来春から始まる高校の新教科「歴史総合」の山川出版社の教科書に使われています。
東京書籍と清水書院の教科書に掲載されているのは、白人たちがポーカーをしているクラブで、出っ歯で猫背、下駄を履いた日本人が入ってきて、こんな会話を交わしています。
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イギリス「ほら,ソーデスカ氏だよ!」
ロシア 「君は何をお望みか?」
ソーデスカ氏「あなたがたのクラブに入ることを望みます。ドーゾ,オネガイシマッセ・・・」
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言葉まで、ひどく鈍っています。対するロシア人は堂々とした、口ひげも豊かな偉丈夫ですが、ソーデスカ氏を招き入れるイギリス人は狡猾そうな人間に描かれています。
■3.学習指導要領での風刺画使用のガイドライン
文科省の学習指導要領では、風刺画の利用も認めていますが、次のようなガイドラインが示されています。
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同一の事象についての視点や立場が異なる資料を取り上げ,・・・作成の時期や場所,作成者等を特定して,それぞれの表現の内容を比較し,当時の時代状況と結び付けることにより,それらの資料の意図や作成された目的を対比的に捉え,諸資料から読み取った情報の意味や意義,特色などを考察し表現する・・・[文科省、p139]
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歴史学における資料の取り扱いについては、学問的に妥当な要求でしょう。
たとえば、前述の放射能防護服を来た聖火ランナーの風刺画に対して、福島の子供たちが聖火ランナーにあこがれる絵を対置し、前者は韓国の反日団体作成と分かれば、「福島に残る放射能の危険の中で」という説明には、中高生でも「ちょっと待てよ」と疑いの目を向けるでしょう。
文科省の提唱する「主体的・対話的で深い学び」のためには、上記のガイドラインは最低限、必要なものです。
■4.「出っ歯で猫背、下駄を履いた日本人」を描いた理由
ところが、前述の「ソーデスカ氏」が登場する風刺画では、「視点や立場の異なる」別の資料を掲載することなく、どこの誰が、どんな視点、立場、意図で描いた風刺画なのか、も説明していません。清水書院は作者ビゴーの名は標記していますが、東京書籍はそれさえもありません。文科省のガイドラインは完全に無視されています。
そこで、本号では両教科書に代わって、この「ビゴー」なる人物が、どういう立場、意図で、こうした風刺画を描いたのか、明らかにしてみましょう。それを知れば、一般読者でも、歴史教科書に掲載する価値がある資料かどうか、判断できます。
まずビゴーは明治15(1882)年から17年間日本に滞在し、明治32(1899)年にはフランスに帰国しています。日露戦争は明治37(1904)年からですから、その5年も前に日本を離れているのです。いったいビゴーはフランスにいて、どういう意図で、日露戦争に関する風刺画を描いたのでしょうか?
ビゴー研究で多くの著作をものしている清水勲氏は、『ビゴーが見た明治ニッポン』でこう説明しています。
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当時フランスでは漫画絵葉書ブームが起こっていた。仏露同盟下、多くのフランス人が日露戦争におけるロシアの勝利を期待していて、ロシア絶対有利の漫画絵葉書がたくさん出た。そんな時代にビゴーもそのブームに加わったわけである。[清水H18、p133]
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何のことはありません、同盟国ロシア勝利を期待したフランスでの絵葉書ブームに当て込んで描いた漫画だったわけです。出っ歯で猫背の風采の上がらない日本人の姿は、当時のフランス人の人種差別感情に取り入ったものでしょう。ロシア人がやけに立派に描かれているのも、これで理解できます。
同じ風刺画に対して、清水氏は『絵で書いた日本人論』では、こう解説しています。
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東洋人が西洋人に伍して世界の舞台に立てるなど、当時は考えられぬことであった。・・・
彼らにしてみれば「それにしてもイギリスさんよ、おたくの都合かもしれないが、あんまり風采のあがらぬ男など連れて来なさんなよ」とでも言いたげである。[清水S56、p222]
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こういう商売目的の絵が、「日本は帝国主義国クラブの仲間入りをした」という説の根拠になりうるのでしょうか?
■5.「歴史経過とビゴーの認識とは大きなズレ」
そもそも歴史教科書で風刺画を使う価値は、次のどちらかでしょう。
・作者が当時の国際情勢に関して深い見識を持っており、その見識が風刺画から読み取れること。
・その風刺画がある社会で人気を博し、人々の心理、時代精神をよく代弁していること。
結論を先に言えば、ビゴーの風刺画はどちらの価値も持っていません。
まず、ビゴーの日露戦争に関する見識が全くあてにならないものであることは、次の点から窺えます。別の風刺画で、日露戦争で「日本が韓国を支配し、清国を引き連れてロシアに立ち向かう」姿を描いています。この画に関して、清水氏はこう指摘しています。
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日露戦争における日・清・韓三国の関係について描いたものだが、歴史経過とビゴーの認識とは大きなズレがあるようだ。仏露同盟下のフランスから見ると、日・清・韓三国は結束しているように見えたかもしれないが、それは庶民感覚であって、開戦に向けて清国・韓国は次のように態度表明している。(伊勢注: 以下、両国の中立宣言を説明)
このような漫画が描かれるのは、日清戦争後、ドイツ皇帝ウィルヘルムニ世が独・露・仏による三国干渉を正当化するために主張した黄禍論の影響のようにも思える。[清水H18、p166]
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ビゴーの日露戦争に関する知識はこの程度のものであり、彼の風刺画から特に学ぶべき見識などありません。
■6.商売上の利益維持のために不平等条約改正に反対
もう一つ、ビゴーの情勢認識が客観的でないと感じるのは、終始、自分の都合から日本の「条約改正」に反対している点です。「条約改正」とは日本が幕末期に欧米諸国と結んだ不平等条約を改正する事です。日本に住む外国人が犯罪を犯しても日本政府は裁判にかけることもできない、関税も自分では決められない、という後進国への露骨な差別を含んだ不平等条約でした。
日本の名誉を傷つけている不平等条約の改正は、日本政府にとっても日本国民にとっても悲願でした。しかし、ビゴーは自分の個人的な損得から、条約改正に反対していたのです。清水氏はこう説明します。
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彼の画を買う上得意は在日フランス人たちであった。わずか百人ぐらいの同胞たちが、固定客となってビゴーの援助者になっていたのである。日本人の中で生活し、日本人を描き続けていたビゴーであったが、生活の糧をこのように居留地の外人相手の商売に求めていたことが、ビゴーの日本政府のやり方に反発する要因になっていった。・・・
日本政府の条約改正交渉は、居留地の外国人にとって数々の特権を失なうという生活への脅威であった。多くの居留民たちは条約改正を絶対に認めるわけにはいかなかった。ビゴーも、条約改正が実施されることによって、特権を失なった外国人が次々と帰国してしまったり、・・・日本での生活手段を奪われることとなり、絶対反対の態度をとり出した。[清水S56、p12]
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ロシアの南下に備えて、イギリスは日本に接近する必要から、条約改正に応じた最初に国になりました。ビゴーはそれを恨んで:
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批難のほこ先を日本政府からイギリスの極東政策に向けていく。これは居留民の不満の対象と一致している。多分にビゴーは、居留民の関心や不満を代弁するジャーナリストになっていたのである。[清水S56、p13]
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日本ではフランス居留民の関心や不満を代弁する絵を描き、フランスではロシアを応援するブームに乗って、日本とイギリスを揶揄する風刺画を出す。ビゴーの動機は商売上の利益でした。客観的な国際情勢認識など期待できません。
■7.日本でもフランスでもほとんど無名だったビゴー
もう一つの価値を考えて見ましょう。ビゴーの風刺画は当時の日本国民の間で人気を博し、その声を代弁していたという価値があったのでしょうか? 実は、ビゴーは明治の日本人には全く知られていなかったようなのです。ビゴーと親交のあった長原孝太郎という洋画家が、次のように書いています。
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彼が日本の風俗を描いた漫画は外国の人々に売って生活の助けとするために描かれたものだ。無論日本人仲間などには問題にはならなかった。[清水H23、p121]
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母国フランスではどうだったのでしょうか。新聞人・鈴木秀三郎氏は「ビゴーはフランスでも一般に認められていない画家であるが・・・」と書いています[清水H23、p141]。
またパリに永く住んだ新聞記者・松尾邦之助氏は、たまたまビゴーが死ぬ前に住んだ家を訪ねた時に、貧乏な寡婦に「ビゴーのもの(作品)を売りたいが誰か買手はないか」と聞かれています。誰か日本人の金持ちでも買わない限り、パリの蚤の市で二束三文で売り飛ばされるだろう、とは松尾氏の予想です。[清水H23、p233]
ビゴーは日本でも、フランスでも売れない画家でした。ですから、その絵から、当時の日本やフランスの国民心理を表現しているなどとは、とても言えないのです。
そんな無名のビゴーの風刺画が日本で注目を浴びだしたのは、昭和26(1951)年頃から、マルクス主義歴史学者・服部之総(しそう)氏が代表を務めた日本近代史研究会によって発掘されてからです。作品の価値よりも、日本帝国主義を印象づける資料として脚光を浴び、歴史教科書でも使われるようになりました。
ビゴーの風刺画の価値は、歴史資料としてよりも、そのわさびの効いた画風からの政治宣伝用材料としてです。まともな歴史研究者なら、教科書に使うには躊躇するでしょう。歴史教科書でビゴーの絵を使っている、ということは、自ら「偏向教科書」というレッテルを貼っているようなものなのです。
(文責 伊勢雅臣)
■リンク■
・JOG(1216) フェイクニュースと毒入り餃子
フェイクニュースは毒入り餃子と同じ。消費者主権を発揮して、有害な新聞、雑誌、著者を敬遠しよう。
http://jog-memo.seesaa.net/article/202105article_5.html
・YouTube「『歴史総合』教科書読み比べ『日露戦争』上」
https://youtu.be/Yw8xbDuDUt8
・YouTube「『歴史総合』教科書読み比べ『日露戦争』下」
https://youtu.be/sbhjlQgq_BA
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
→アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
・清水勲『ビゴーの150年―異色フランス人画家と日本』★、臨川書店、H23
・清水勲『ビゴーが見た明治ニッポン』★、講談社学術文庫、H18
・清水勲『ビゴー日本素描集』★、岩波文庫、S61
・清水勲『絵で書いた日本人論―ジョルジュ・ビゴーの世界』★、中央公論新社、S56
・文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 地理歴史編』
■おたより
■歴史教育はとてつもないリスクを孕んでいる(Kenjiさん)
以前の1209号「司馬遼太郎が描き損なった『和の武人』乃木希典」では、あまりに好きな「坂の上の雲」までもが、その内容に大過のあることに愕然とさせられました。
その意味でも、こちらの号も、本日送っていただいたビゴーの内容も、たいへん勉強になりました。もし「知る」ことなく一生を終えてしまったらと、ときどき考えて恐怖してしまいます。自分の国に対し、誤解や曲解を抱いたまま死にたくありません。
国家が行う制度化された教育こそ国づくりに他なりませんが、とてつもないリスクをもはらんでいるということかもしれないと思いました。
■伊勢雅臣より
確かに歴史教育は、国家百年の計たる教育の根幹だけに、「とてつもないリスク」を孕んでいますね。そのためにも、内容の間違いや偏りに関しては、国民全体が気をつけていなければなりません。
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