No.1252 内村航平選手、世界大会8連覇の原動力
仲間とともに頑張り、見ている人々に感動を与える演技を目指して達成した偉業。
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■2/11 伊勢雅臣、神戸でお話しさせていただきます
・「建国記念の日」を祝う会 in 神戸
・2/11(金・祝日)午後1時~4時半
・兵庫県民会館 けんみんホール(JR神戸線「元町駅」、阪神本線「元町」駅、戸市営地下鉄 山手線「県庁前」駅下車)
・13:00-13:30 ミニコンサート
13:40-14:40 奉祝式典
15:00-16:30 記念講演 伊勢雅臣『この国の希望のかたち』
ライブ配信も併催
・参加費 1,000円 (大学生以下無料)
・申込 WEB http://www.nipponkaigihyogo.org/reservation
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■1.全日本ジュニア選手権では140位
1月14日、体操男子のエースだった内村航平選手が、150人を超すメディアの前で引退記者会見を開きました。産経新聞は「主張」欄で「その功績は計り知れない」と題して、こう書いています。
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鉄棒や床運動など6種目の総合力を競う男子個人総合で、五輪2連覇と世界選手権6連覇を果たした。2009年から16年にかけての世界大会8連覇は恐らく、誰にも破ることのできない記録だろう。[産経]
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産経はこの後で、長らく「サーカスのような高難度の技を競い合う時代」から、「着地や演技の美しさを再び評価する方向」に傾いたのは、内村の存在が大きい、という声を紹介しています。また、「6種目できて体操のチャンピオンだ」と個人総合に執心した哲学で、多くの若手に影響を与えた点を指摘しています。
こんな素晴らしい選手がどうやって生まれたのか、と興味を持って、母親・内村周子さんの著書『「自分を生んでくれた人」内村航平の母として』と、航平選手自身の語録『栄光のその先へ』を読んでみて、驚きました。
両親ともに体操の選手で、3歳から航平君も体操を始めるという典型的な英才教育コースに乗っていたのですが、母親の周子さんはこう語っています。
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小さいころに特別上手だなと思ったことはそれほどありません。もっと上手な子はいましたし、事実、小学一年生で出た初めての試合では、予定していたバック転が緊張でできずに最下位でした。[内村周子、p49]
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中学時代はずいぶん上達したものの、3年生の全国中学校大会では42位。高校1年の全日本ジュニア選手権では個人総合の二部で140位でした。
この時点では世界大会8連覇どころか、オリンピックに出場する選手になる、という事すら、誰も予想できなかったでしょう。いったい、どうやって、こんな偉業を成し遂げる選手に成長したのでしょうか?
栄光のその先へ 内村航平語録―8年無敗の軌跡 - 内村 航平
■2.「体操をやめたいと思ったことがない」
周子さんは、次のような考えで航平君を育てたそうです。
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とにかく体操を好きになってほしい。そのためには練習から楽しんでほしい。楽しめれば、好きになれば、いくらでも頑張ることができると思ったからです。
「わー、すごいね」
「天才!! 100点!!」
「よくできました! みんな、拍手」
そうやって、とにかく子どもたちをほめてあげます。ほめられた子どもたちは、さらにやる気を出してくれる。その気になれば、チャレンジ精神も芽生えてきます。そうやって子どもは自然と伸びていくのです。[内村周子、881]
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航平君は高校生になった頃、周子さんと、こんな会話を交わしたそうです。
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「航ちゃん、練習を休みたいことはないの?」
「ない」
「もし一日休んだらどうなるの?」
「体が腐る」
「じゃあ、二日休んだら?」
「死ぬ」
航平にとって、いつしか努力は「苦」ではなくなっていたのです。[内村周子、962]
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高校1年で出場した2004年の全日本ジュニア選手権で140位となった頃です。そんな成績に関わらず、体操が好き、練習も一日も欠かさずにやっていたのです。
「航平は体操をやめたいと思ったことがないそうです。好きなことを極めたいという息子の願いを、私と主人も叶えさせてあげたいと祈ってきました」と周子さんは言います。[内村、1,707]
■3.子どもをやる気にさせる「魔法の言葉」
結果が出なくとも、体操が好きで、練習も毎日するように育てるために、周子さんはどう工夫したのでしょうか?
一つは、前述のように、子供の進歩を認め、褒めてやることだと周子さんは指摘します。
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子どもをやる気にさせる「魔法の言葉」があります。
「わあ、天才だ」
「すごいね。何でそんなことができるの?」
「今度はあんな大きな大会に出られたらいいね」
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全国レベルの大きな大会も、地元の小さな大会も関係ありません。とにかくその試合で一つでも目標をクリアできたら、一歩でも前進することができたら、「あれができてすごいね」「もう、あんたは天才よ」とほめちぎっちゃいます。
トップ選手を目指している子どもには、練習を楽しむ心と、未来への希望を持たせてあげなければいけません。[内村周子、945]
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「一歩でも前進することができたら」が、ポイントでしょう。たとえ最下位でも、進歩できたら認めて褒める。それが人間本来の成長への欲求を満足させます。その進歩の喜びが、さらに練習に向かう原動力となります。
小学一年生で初めて出た大会の床運動で最下位になったのは、予定していたバック転が出来なかったからです。床の演技を終えた航平君は照れ隠しに笑いながらギャロップして戻って来ましたが、それを見た父親が「何をやっているんだ!」とばかり、航平君のお尻をパチンと叩いてしまいました。航平はショックを受けて、体育館の隅っこに行って、ずっと泣いていました。
周子さんはこれに怒り、ご主人もこれを深く悔やみました。こういう事が繰り返されていたら、航平君も体操を嫌いになり、練習を続けることはできなかったでしょう。
■4.「子どもが何かに取り組んでいるときに忍耐強く待つ」
周子さんは、この時、航平君が練習通りにできなかった理由は、実は自分たちにあったと述べています。二人で開いていたスポーツクラブからは他に3人の生徒が出場していましたが、航平君だけがガタガタと緊張しっぱなしだったと言います。
3人の親御さんたちは嬉しそうにそれぞれの子供を応援していましたが、周子さん夫婦はチームの監督であり、航平君はその子供です。親が落ち着きのないことを航平君は感じとっていたようです。その緊張で、航平君は練習通りに演技できず、父親はそれに怒って、お尻を叩いたのです。
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子どもは誰のために体操をやっているのでしょうか。誰のためにスポーツをしているのでしょうか。誰のために勉強しているのでしょうか。少なくとも親のためではありませんよね。親が過度な期待を寄せれば、子どもはどんどん追い込まれて、いずれ潰れてしまいます。[内村、1,152]
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私が常に努力しなければいけないと思っていることは、子どもが何かに取り組んでいるときに忍耐強く待つということ。[内村、911]
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こういう忍耐強さで、子供の進歩を待ち、そして一歩前進したら、喜び、褒める。この姿勢が航平君を大きく育てていったのです。
■5.「全員が一緒に笑うということは本当に大事なことだよ」
こういう親の姿勢を、航平選手は深く感謝して育ったようです。ロンドン・オリンピックへの壮行会で、ある記者から「オリンピックが近づくと、家族という支えがあって今ここにいるという思いが強くなると思いますが、いかがでしょうか?」と聞かれて、こう答えました。
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「今日は母と祖母が来てくれていましたが、今まで一番応援してくれているのはこの二人だと思う。ものすごく感謝しています。オリンピックには母とかが応援に来てくれると思うので、思い切り僕の耳に声が届くぐらいの大きな声で応援して欲しいです。[内村周子、1,563]
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体操は個人で演じますが、実は多くの人に支えられている、ということを、航平選手は小さい時から学んでいました。それは周子さんがスポーツクラブでも、生徒たちに教えていた事でした。
クラブで周子さんが絵を描いて、何の絵か生徒たちに当てさせるお絵かきクイズを時々します。その最後に、自分の似顔絵を描き上げると、子供たちは「ああ、周子先生だ!」と嬉しそうに叫びます。みんながワッーと笑ったときに、周子さんはこう言います。
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「みんな、今楽しかったね。全員が一緒に笑うということは本当に大事なことだよ。今の気持ちは一生忘れないでね」と。[内村周子、889]
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こういう体験からでしょう、航平選手は団体の金メダルをとりたい、という気持ちを強く持っていました。
2012年のロンドン・オリンピックで、日本選手として28年ぶりの個人総合金メダルをとった時も、銀に終わった団体の方が心残りだったと言います。2008年の北京オリンピックの頃から、団体は銀メダル。「4年後のリオでしっかり団体金メダルを穫るという目標がすぐ湧いた」と言います。[内村航平、p111]
そのリオでは、予選でミスを連発して4位からスタートしたものの、決勝で大逆転をして、ついに団体での金メダルを穫りました。
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仲間と穫るメダルは全然違いますね。うれしいを超えちゃってますね。いままで一番重たい金メダルです。[同、p157]
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「全員が一緒に笑うということは本当に大事なことだよ」という母親の教えを、オリンピックの場で実現したのです。
■6.「ひとりの喜びではなくみんなの喜び」
「全員が一緒に笑う」の「全員」は一緒に戦う仲間だけではありません。観客席で応援してくれるファンも入っています。
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日の丸が上がっていく時に応援席でみんなが喜んでくれているのが見えて、ひとりの喜びではなくみんなの喜びになったのだと感じました。[同、p63]
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観客に喜んでもらうことが、航平選手の目標でもありました。
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体操を専門としているプロに褒められるより体操を知らない一般の人にきれいな演技と言われる方が嬉しい。[同、p49]
点数が高くても観客が沸かなかったら、それは良い演技じゃないなと思う。[同、p50]
演技をするときに一番に思う事は見ている皆さんを感動させること。[同、p96]
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■7.「高い人間性を持った選手であってほしい」
航平選手は大学一年生のはじめの頃までは、いい成績を残せませんでした。それは「自分のためだけにやっていたから」と振り返っています。[同、p50]
19歳で臨んだ北京オリンピックでは個人総合銀メダルをとりましたが、この時に「観客を味方にできたら、それが最も強いということになるんだと分かったんです」[同、p58]、「観客のみなさんの拍手ですごい自分も盛り上がるので」とも語っています[同、p141]。そして、「点数も取れるし、観客もわっと沸く演技をしたい」と考えるようになっていきました。[同、p50]
観客が沸く演技をすることで、自分も盛り上がり、ますます良い演技ができる。そういう善循環が高い点数も、もたらす。これが世界大会8連覇という前人未踏の大記録を打ち立てた原動力のようです。
1月14日の引退会見の様子を産経新聞は、こう報じています。
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引退後は後進を育てるつもりだ。野球の大谷翔平やフィギュアスケートの羽生結弦を引き合いに出して、
「人間として素晴らしいからこそ、国民から支持されて結果も伴っている。そういうアスリートか本物だと思っている」と話し、「体操だけうまくてもダメ。高い人間性を持った選手であってほしい]。後輩に送ったエールに力がこもった。[産経R040115]
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内村航平選手の言う「高い人間性」とは、仲間とともに頑張り、見ている人々に感動を与える演技を目指す、という生き方でしょう。それができれば結果はついてきます。これは体操選手だけでなく、すべての人が歩める道です。
(文責 伊勢雅臣)
■おたより
■「子の持つ力を存分に伸ばすために自分自身を育てねば」(裕子さん)
いつも心揺さぶるメールの配信をいただきまして誠にありがとうございます。
この度は次世代を育てる(これは常に発信の基にお持ちと感じますが)、「子育て」という視点での記事に、伊勢先生はどんな分野でも素晴らしい発信力と洞察力をお持ちなのだなと驚嘆し畏敬の念を深めております(失礼な物言いですみません、適切な表現が思い浮かばず申し訳ありません)。
この度の内村航平選手のお話には涙がこぼれました。
今私はいわゆる子育て世代でありまして、小学と中学生の子供がおります。
しかし、思い通りに動かないことに苛立って本人を委縮させるような声掛けをしてしまっています。
その子の持つ力を存分に伸ばすために自分自身を育てねば・・・と恥ずかしい気持ちになりました。
いつも大切な気づきを与えてくださってありがとうございます。
■伊勢雅臣より
やはり「子は国の宝」。しかも神様から預けられた宝です。立派な大御宝に育てることが、子供も国も幸福にする道ですね。
■リンク■
・JOG(838) 長友佑都を育てた母と教師
「感謝の気持ちがあるから、僕は成長できる」と長友は言う
http://jog-memo.seesaa.net/article/201403article_1.html
・JOG(761) なでしこジャパンの団結力
体格のハンディをはねかえした「なでしこジャパン」の団結力はいかにもたらされたのか。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201208article_2.html
・JOG(760) 山下泰裕 ~ 柔の道の人作り
山下は全日本柔道チームの監督として「最強の選手」ではなく、「最高の選手」を育成しようと心がけた。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201208article_1.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
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・内村航平『栄光のその先へ 内村航平語録―8年無敗の軌跡』★★★、ぴあ、H29
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・内村周子『「自分を生んでくれた人」内村航平の母として』★★★、祥伝社(Kindle版)、H24
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B01LZ35U11/japanontheg01-22/
・産経新聞R040113「主張 内村選手の引退 その功績は計り知れない」
https://www.sankei.com/article/20220113-7GX3VPVYJZIOFFEARZBSU62HY4/?449536
・産経新聞R040115「体操人生 笑顔の着地」
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