No.1310 ウクライナ戦争から日本国民が学ぶべきこと
ウクライナ戦争を対岸の火事として眺めている余裕はない。
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【YouTube版】国際派日本人養成講座 ~北辺の守り・日露戦争篇
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・乃木希典 ~ 敵の痛苦にも思いを馳せる心優しき明治の武人
・児玉源太郎 ~ 天が遣わした救国の軍師
・東郷平八郎 ~ 寡黙なる提督
・日本海海戦 ~ 世界海戦史上に残る完全勝利、等々
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■1.ウクライナ戦争は、中国の台湾併合の最高の「教科書」
開戦後、1年を経過しても、戦争終結の見込みも立たないウクライナ戦争。この戦争が今後、どうなるのか、という予測もさることながら、我々日本国民として重要なのは、この戦争から何を学び、現時点でどう振る舞うか、ということでしょう。朝日新聞の北京・ワシントン特派員を務め、現在は青山学院大学客員教授の峯村健司氏は、次のように指摘しています。
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中国当局は今、数万人の当局者を総動員して、ウクライナにおける戦況を事細かに調べているようです。ウクライナの国民がなぜこれほど抵抗をしているのか。欧米諸国や日本がどうしてこれほど強力な経済制裁をロシアに科したのか。ウクライナが戦場で使ったドローンはどれほどの効果を発揮したのか。
そういった調査結果を踏まえて、中国が台湾侵攻した場合のシナリオや成否について分析をしていくでしょう。むしろ中国にとってみれば、ウクライナのケースは、台湾併合の最高の「教科書」になるわけです。[峰村、p42]
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峯村教授は、こうも語っています。
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今回の戦争について意見交換した中国の政府や軍関係者たちは、「ロシア軍は下手を打った」「われわれならもっとうまくやる」と口を揃えて言います。[峯村、p199]
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とするなら、我々日本国民も、中国が台湾併合を「もっとうまくやる」ことのないよう、ウクライナ戦争のケースから学ばなければなりません。
■2.ウクライナ戦争の予防に失敗した原因
まず最初に考えるべきは、ウクライナ戦争をなぜ予防できなかったのか、という点でしょう。侵略者が戦争を仕掛けるのは、次の損得計算が成立している時です。
侵略による損得=領土獲得による得-そのための損(戦闘による損失+国際社会の制裁)
領土獲得による得よりも、そのための損の方が大きいと侵略者が考えれば戦争を仕掛けません。したがって、侵略戦争を予防するには、侵略者が被る損失をいかに大きくするかがポイントです。
今回のロシアによるウクライナ侵攻は、2014年のクリミア侵攻で損失よりも得の方がはるかに大きかった事に味をしめたプーチンが同じ手で2匹目のドジョウを狙ったからです。
■3.2014年のクリミア侵攻では限定的だった「戦闘による損失」と「国際社会の制裁」
2014年のクリミア侵攻の際には、ウクライナ国民は「軍は金がかかるだけ」「これからは平和の時代だ。戦争が起こるはずがない」「そもそも戦う相手がいない」などと空想的平和主義によって、旧ソ連時代の軍備を解体するだけでした。
いざ、ロシア軍がクリミア半島を占領し始めると、ウクライナは武力による抵抗をせずに、国際社会に訴えるだけでした。しかし、自らを守るために血を流さない国を守ってくれる国はありません。ロシアは「戦闘による損失」をほとんど受けずに、クリミア半島を手に入れたのです。[JOG(1121)]
今回の侵攻でも、プーチンは当初、1週間でキーウを制圧し、うまくいけばゼレンスキー政権を打倒できると考えていたようです。
ロシアの侵攻前に、アメリカは衛星写真でロシア軍の弾薬や食料の蓄積状態から、1週間程度の準備しかしていないことを掴んでいました。侵攻開始後、しばらくして情報機関であるFSB(ロシア連邦保安庁)のトップの首がすげ替えられたのを見ても、プーチンに誤った情報があげられていたことが想像できます。
損失の第2項は「国際社会の制裁」ですが、これも限定的なものでした。村野将・米ハドソン研究所研究員は次のように指摘しています。
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すでに2014年のクリミア侵攻で、国際社会はロシアに悪い教訓を与えてしまいました。ルールを破って力による現状変更を行ったにもかかわらず、大きな罰を与えなかったことで、ロシアは国際システムの中で存続してしまった。それが今回のウクライナ再侵攻を招いた面もありますから、こんどはロシアにどれだけの罰を与えられるかが重要です。[峯村、p175]
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この「悪い教訓」から、プーチンは国際社会の制裁などたいした事ない、と高をくくっていたのでしょう。
■4.プーチンの誤算
プーチンはクリミア侵攻の再現で2匹目のドジョウを狙ったのですが、ウクライナと西側諸国は、前回の失敗から多くを学んでいました。
まずウクライナが予想以上に頑強な抵抗を示しました。ゼレンスキー大統領は、国外に脱出して亡命政権を作っては、という米国の勧めを断って、国内で国民と共に断固戦う、という姿勢を見せました。そして自前の正規軍と10数万人もの志願兵が、携帯用対戦車ミサイル・ジャベリンだけで、最初の1ヶ月を凌ぎました。
ウクライナの断固たる抵抗を見て、西側諸国も迅速・膨大な軍事援助と、対ロシア経済制裁を始めました。特に米国が供与したトラックにロケット砲を積んだHIMARSは、高い機動性と長距離精密攻撃能力を持ち、遠距離からロシア軍の司令所や基地などをピンポイントで破壊して、ウクライナの反撃を可能としました。
西側諸国の軍事援助は徐々に大規模・高度化し、ついには最新鋭のドイツ製戦車が供与されることが決定し、また戦闘機の供与まで始まりそうな雲行きです。
すでにロシア軍は主力戦車の半分を失い、また死傷者は10万人から20万人と推定されています。それでも人的損失を厭わない攻撃を続けていますが、ウクライナ軍に最新鋭の戦車が届けば、後退を余儀なくされていくでしょう。
また国際社会の対ロシア制裁も、予想をはるかに超えた規模とスピードで実施されました。
その一つに、「金融の核爆弾」と呼ばれる国際金融取引のシステムSWIFTからのロシア大手銀行排除を侵攻開始後わずか1週間で実行したこと。またIT業界のアップル、マイクロソフト、自動車ではフォード、BMW、金融ではバークレイズ、シティバンクなどの国際的大企業が、次々とロシアから撤退したことなどがあげられます。
プーチンが、こうしたウクライナによる抵抗、国際社会の軍事支援、経済制裁を予測できていたら、侵攻を思いとどまっていたでしょう。
ウクライナに対して人道支援等を発表した国家。
Viewsridge - 投稿者自身による著作物,List of foreign aid to Ukraine during the Russo-Ukrainian War, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=115698384による
■5.「武力による現状変更」が割に合わないことを示す必要
中国は、こうした動きをよく観察して、台湾併合をどのように進めるか、じっくり検討しています。
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たとえばプーチンがウクライナ東部のドネツク、ルハンスク地域に新たな領土を確立し、部分的にでも現状変更を達成してしまう。なおかつ、国際的な経済制裁を受けながらもロシアが国家として存続し、プーチン政権も続くという状態がズルズルと成立してしまうと、中国にも「この程度のペナルティで済むなら、やらずに後悔するよりやってみたほうがよい」という自信を与えてしまいかねない。[峯村、p175]
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したがって、中国に「こんな莫大なペナルティを受けるなら、台湾併合は止めておいた方が良い」と思わせるような措置が、今回のウクライナ戦争にも必要なのです。
日本国内では、当初、ウクライナは早く降伏して、人的犠牲を防ぐべきだ、とか、ウクライナにも悪い点があったという「どっちもどっち」論が唱えられました。しかし、中国の台湾併合を予防するためには、こういう第三者的な議論は有害無益なものです。
侵略者ロシアに対して、軍事的にも経済的にも十分な損失を与え、「武力による現状変更」が割に合わないことを明確に世界に示すことが、将来の侵略を予防するために必要なのです。
■6.ロシアのウクライナ侵攻に比べれば、はるかに対応が難しい中国の台湾侵攻
中国が台湾併合を目論んでも、割に合わないよう、「戦闘による損失」と「国際社会の制裁」の両面で、コストを引き上げる努力をしていかなければなりません。
しかし、ロシアのウクライナ侵攻に比べて、中国による台湾侵攻は、以下の諸点ではるかに困難なのです。
第1に、ウクライナは完全な独立国として認知されていたので、プーチンのウクライナ侵攻は他の独立国への侵略という明白な国際法違反でしたが、台湾はやや事情が異なります。台湾は中国の一部であり、それを併合するのは「国内問題」なのだから、他国は介入するな、という中国の論理がある程度、説得力を持ちかねません。
第2に、中国はロシアよりもはるかに大国であり、かつ中国軍はロシア軍よりも強大です。またロシアと西側諸国との交易は石油・エネルギーが中心で、経済制裁も単純でしたが、中国は製造業やレアメタルなど、国際経済に食い込んでいて制裁も容易ではありません。
第3に、ウクライナは地続きのポーランドを経由して膨大な軍事支援、経済支援ができていますが、台湾は海で囲まれているので、中国海軍による封鎖がはるかに容易です。なおかつ、ポーランドの役割を果たすべき日本が、エネルギー自給率12%、食料自給率38%で、輸入のシーレーンを封鎖されたら、ひとたまりもありません。
第4に、ウクライナの西にはすぐに独、仏、英などを中心とする軍事同盟NATOで結ばれた諸国が控えていますが、東アジアでは日本以外には韓国、東南アジア諸国、オーストラリアしかありません。ロシアの欧州側の協力国としてはベラルーシしかありませんでしたが、中国には韓国併合を目指す意思と核を持った北朝鮮があります。
■7.日本は「戦わずして負ける」というシナリオ
さらに、最も台湾を支援すべき日本には、法制面や国民の戦闘意思などの課題が山積しています。中国軍が台湾侵攻を始めたら、まずは在日米軍と自衛隊の介入を防ぐことを目指します。峯村氏はこう懸念しています。
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台湾有事の際に、日本国内で反戦世論が盛り上がって、日本が後方支援すらできなくなったら、米軍はまともに戦えません。まさに「戦わずして負ける」というシナリオが現実味を帯びてくるわけです。[峰村、p269]
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同様に、国際政治学者の細谷雄一・慶大教授も、こう述べています。
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(伊勢注:中国は)自分たちが軍事行動を起こしたときに、日本国内で無力感が広がることを想定していると思いますね。日本で「中国に抵抗しても勝てるわけがないんだから、諦めて尖閣諸島ぐらい譲ってしまえ」という世論が高まれば、中国は最小限の抵抗を受けるだけで、楽に目標を達成できます。[峰村、p267]
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2021年の世界価値観調査では「もし戦争が起きたら祖国のために戦いますか」という質問に「イエス」と答えた人の割合が、日本は13%と世界最低でした。こういう数字を中国が見たら、日本国民は祖国を守るためにも戦わない、ましてや尖閣や台湾のために戦うことなど決してないだろう、と考えます。それが侵略戦争を誘発するのです。
また、法制面でも大きな足枷(かせ)があります。憲法9条以外にも、専守防衛、集団的安全保障の制限など、自衛隊の活動や米軍支援に関して、どこまで許されているのか、一般国民にもよく理解できない法的制約がいろいろあります。
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仮に日本が戦争に巻き込まれた場合でも、当然、他国からの支援や支持が必要になる。・・・日本人が戦う姿は想像したくないが、少なくとも国として危機を必死に乗り切ろうとしている日本の姿は、そこにあるだろうか。
あるいは、自衛隊の活動の法的な是非をめぐってひたすら国会が議論を繰り返していたり、危機対応が遅れて右往左往する政治家や行政官たちの姿が世界に報じられるかもしれない。そうなれば、世界は日本をどう見るだろうか。あまり考えたくない未来である。[豊島、p260]
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こんな予想がなされる限り、中国軍にとっては、日本くみしやすしとして、台湾侵攻をためらう理由はますます無くなるでしょう。
■8.ウクライナ戦争を対岸の火事として眺めている余裕はない
日本国民の無防備ぶりが、中国の侵略意思を引き寄せているとしたら、それは台湾国民に対するこの上ない罪悪であり、また台湾を守ろうとする在日米軍にとっても足をすくう存在となります。
現行憲法前文には次の一節があります。
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われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
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この前文の精神を忘れ去って、国際社会がどうなろうと我関せず、自分たちだけ憲法9条を守って平和でいれば良いというのは、真の平和主義ではなく、エゴイズムであると細谷教授は指摘しています。そうした愚かなエセ平和主義が逆に侵略を誘発し、日本と周辺諸国民の「平和のうちに生存する権利」を踏みにじってしまうのです。
ウクライナ戦争を、日本は対岸の火事として眺めている余裕はありません。より巨大な火事がすぐ隣家で発生する可能性が高いのです。その大火を予防し、また発火したら消すには、どうしたら良いのか、日本国民自身がしっかり学び、考えなければなりません。
(文責 伊勢雅臣)
■リンク■
・JOG(1121) 空想的平和主義が侵略を招く~ウクライナの悲劇
ロシアの思想宣伝が作りだした平和ボケからウクライナ国民が覚醒したのは、ロシア軍の侵略が始まってからだった。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201907article_1.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
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・豊島晋作『ウクライナ戦争は世界をどう変えたか 「独裁者の論理」と試される「日本の論理」』★★★、R04
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