No.69 平和の架け橋

 

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_/ _/ _/ _/ Japan On the Globe (69)
_/ _/ _/ _/ _/_/ 国際派日本人養成講座
_/ _/ _/ _/ _/ _/ 平成11年1月9日 5,173部発行
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_/_/         国柄探訪:平和の架け橋
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_/_/           ■ 目 次 ■
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_/_/       1.皇后様のご講演
_/_/       2.自分と周囲との間に橋をかける
_/_/       3.根っこと翼
_/_/       4.愛と犠牲と
_/_/       5.複雑さに耐える生き方
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■1.皇后様のご講演■

 昨平成10年9月21日、皇后様はインド・ニューデリーで開催
されたIBBY(国際児童図書評議会)世界大会で、ビデオにより
「子供時代の読書の思い出」と題する英語での53分間にわたるご
講演をされた。当日、会場にいたJBBY(日本国際児童図書評議
会)の猪熊葉子会長は、その時の様子を次のように語った。

 ビデオ終了直後から万雷の拍手が鳴りやみませんでした。皆
様、大変に感動なさって「あなたがたは、素晴らしいエンプレ
ス(皇后陛下)をお持ちだ」と周囲の人から何度も言われまし
た。[1,p8]

 この御講演について、文芸評論家・東京大学名誉教授の佐伯彰一
氏は次のように評している。

 格別にお声を高められることもなく、むしろ淡々と、落ち着
いた平語調で、いわば古代以来の「やまと心」を外国の聴衆に
語りかけ、訴えかけられた。これは、戦後のわが国の文化史、
思想史の一つの「事件」とさえ呼びたい気がするのだ。
[2,p41]

■2.自分と周囲との間に橋をかける■

 皇后様がご講演をされるきっかけとなったのは、平成6年にIB
BYが授与するアンデルセン賞を、日本人ではじめて詩人のまどみ
ちお氏が受賞した事である。まど氏の詩を美しい英語に訳して世界
に紹介されたのが、皇后様だった。今回はそのご功績が讃えられて、
講演依頼があった、という次第である。

 50分以上ものお話なので、ここでは国際派日本人に参考になる
部分のみ、紹介させていただく。そのキーワードは、次の一節に見
られる「橋」であろう。[3]

 生まれて以来、人は自分と周囲との間に、一つ一つ橋をかけ、
人とも物ともつながりを深め、それを自分の世界として生きて
いきます。この橋がかからなかったり、かけても橋としての機
能を果たさなかったり、時として橋をかける意志を失った時、
人は孤立し、平和を失います。

 子供の成長の過程だけではなく、我々が外国の人々との理解を深
めていく場合も、同じ事が言えよう。

 この橋は外に向かうだけでなく、内にも向かい、自分と自分
自身との間にも絶えずかけ続けられ、本当の自分を発見し、自
己の確立をうながしていくように思います。

 異国で長く生活していると、本当の自分とは何者だろうか、と考
えるようになるものである。そこから自分探しの旅が始まる。その
本当の自分とは、どこを探したら良いのか? 皇后様はご自身の体
験を語る。

■3.根っこと翼■

 一国の神話や伝説は、正確な史実ではないかもしれませんが、
不思議とその民族を象徴します。これに民話の世界を加えると、
それぞれの国や地域の人々が、どのような自然観や生死観を持
っていたか、何を尊び、何を恐れたか、どのような想像力を持
っていたか等が、うっすらとですが感じられます。

 父がくれた神話伝承の本は、私に、個々の家族以外にも、民
族の共通の祖先があることを教えたという意味で、私に一つの
根っこのようなものを与えてくれました。本というものは、時
に子供に安定の根を与え、時にどこでも飛んでいける翼を与え
てくれるものです。(中略)

 他者との間に橋を架けようと思ったら、こちら側にしっかりと根
を下ろし、そして向こう岸に飛んでいける翼がなければならない。

(この本との出会いは)その後私が異国を知ろうとする時に、
何よりもまず、その国の物語を知りたいと思うきっかけを作っ
てくれました。私にとり、フィンランドは第一にカレワラの国
であり、アイルランドはオシーンやリヤの子供達の国、インド
はラマヤナやジャータカの国、メキシコはポポル・プフの国で
す。

 二、三十年程前から、「国際化」「地球化」という言葉をよ
く聞くようになりました。しかしこうしたことは、ごく初歩的
な形で、もう何十年-もしかしたら百年以上も前から-子供の
世界では本を通じ、ゆるやかに始まっていたといえないでしょ
うか。(中略)

 遠く離れた世界のあちこちの国で、子供達はもう何年も何年
も前から、同じ物語を共有し、同じ物語の主人公に親しんでき
たのです。

 この国際化イメージをよく味わってもらいたい。それは皆同じよ
うな「国際人」という根無し草になるのではなく、それぞれが自分
の根っこを持ちながら、相手の根っこを表した物語を読み、それを
翼にして、橋を架けあうという光景である。

■4.愛と犠牲と■

 しっかりした橋を架けるには、それだけ自分の側にしっかりとし
た「根っこ」を持たなければならない。皇后様はご自身の子供の頃
の経験を語られる。

 父のくれた古代の物語の中で、一つ忘れられない話がありま
した。

 年代の確定出来ない、六世紀以前の一人の皇子の物語です。
倭建御子(やまとたけるのみこ)と呼ばれるこの皇子は、父天
皇の命令を受け、遠隔の反乱の地に赴いては、これを平定して
凱旋するのですが、あたかもその皇子の力を恐れているかのよ
うに、天皇は新たな任務を命じ、皇子に平穏な休息を与えませ
ん。悲しい心を抱き、皇子は結局はこれが最後となる遠征に出
かけます。

 途中、海が荒れ、皇子の船は航路を閉ざされます。この時、
付き添っていた后、弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)は
自分が海に入り海神のいかりを鎮めるので、皇子はその使命を
遂行し復奏してほしい、と云い、入水し、皇子の船を目的地に
向かわせます。この時、弟橘は、美しい別れの歌を歌います。

 さねさし相武(さがむ)の小野(をの)に燃ゆる火の火中
(ほなか)に立ちて問ひし君はも

 このしばらく前、建(たける)と弟橘(おとたちばな)とは、
広い枯れ野を通っていた時に、敵の謀(はかりごと)に会って
草に火を放たれ、燃える火に追われて逃げまどい、九死に一生
を得たのでした。弟橘の歌は、「あの時、燃えさかる火の中で、
私の安否を気遣って下さった君よ」という、危急の折に皇子の
示した、優しい庇護の気遣いに対する感謝の気持を歌ったもの
です。

 悲しい「いけにえ」の物語は、それまでも幾つかは知ってい
ました。しかし、この物語の犠牲は、少し違っていました。弟
橘の言動には、何と表現したらよいか、建と任務を分かち合う
ような、どこか意志的なものが感じられ、弟橘の歌は(中略)あ
まりにも美しいものに思われました。「いけにえ」という酷
(むご)い運命を、進んで自らに受け入れながら、恐らくはこ
れまでの人生で、最も愛と感謝に満たされた瞬間の思い出を歌
っていることに、感銘という以上に、強い衝撃を受けました。
はっきりとした言葉にならないまでも、愛と犠牲という2つの
ものが、私の中で最も近いものとして、むしろ1つのものとし
て感じられた、不思議な経験であったと思います。

 この物語は、その美しさの故に私を深くひきつけましたが、
同時に、説明のつかない不安感で威圧するものでもありました。
(中略) 今思うと、それは愛というものが、時として過酷な
形をとるものなのかも知れないという、やはり先に述べた愛と
犠牲の不可分性への、恐れであり、畏怖であったように思いま
す。

■5.複雑さに耐える生き方■

 古事記の一節である。弟橘の生き方は、悲しみを背負いながらも、
自らの運命に直面していく素直な雄々しさに満ちている。これは万
葉集中の防人(さきもり)の歌[4]や、本講座でも紹介した日露戦
争を戦った将兵とその家族の生き方にもつながるものである[5]。
そしてそれは皇后様ご自身の「根っこ」となって、たゆみなく皇室
のつとめを果たされる生き方を支えているのであろう。

 読書は、人生の全てが、決して単純でないことを教えてくれ
ました。私たちは、複雑さに耐えて生きていかなければならな
いということ。人と人との関係においても。国と国との関係に
おいても。

 ちょっとした我慢ができずに、すぐキレて、犯罪を犯す子供達、
口先だけで国際平和を唱えていれば、それが実現すると思っている
大人達。人生の複雑さに耐えられない子供や大人が多い。

 この輻輳する国際社会で、真の平和と友好を実現しようと思った
ら、我々はその複雑さに耐えつつ、自らの「根っこ」を見つけ、翼
を鍛えて、相手の「根っこ」まで辛抱強く橋を架けていかなければ
ならない。

 これはそのまま本講座での「国際派日本人」の理想像でもある。
そういう青年達が育つことを皇后様は願われているのである。

[参考]
1. 日本の息吹、日本会議、H10.12
2. 祖国と青年、日本青年協議会、H10.12
3. 皇后さまがビデオで講演、朝日新聞
4. 日本思想の源流、小田村寅二郎、日本教文社、S46
5. JOG(48) 「公」と「私」と

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                      ロサンゼルスより

 今、私はLAのCOMMUNITY COLLEGEで勉強をしています。現在通う
学校には、地元出身の白人学生は以前の学校に比べたら大変少ない
です。おかげで半年の間に、世界中と言っても過言ではないくらい
多くの国の人達と知り合うことができました。

 ある時、メキシコ人のクラスメートと知り合いになりました。彼
は33歳で、病院で働きながら学校に来ていました。メキシコで生
まれ、中学生の時にアメリカに来たそうです。今でこそ英語には何
の問題もない彼ですが、最初はやはり苦労したとのことで、英語の
上達には本を読むのが一番と言って、私に本を数冊貸してくれまし
た。

 私は彼の親切心に感謝しながらも、授業の予習やレポート、それ
に毎週あるテスト勉強に精一杯で、それに加えて本を読む余裕は有
りませんでした。そして運悪く最悪な問題が度重なり、私のストレ
スは頂点に達していました。そんなある日、授業の後で彼が、”僕
の本読んでる?”と聞いてきました。イライラしていた私は咄嗟に、
”忙しくて読んでる時間なんかない!”と言ってしまいました。

 心の底では感謝しているのに、どうしてあの時彼の親切心を台無
しにしてしまうような態度をとってしまったのだろうと反省せずに
はいられません。なぜならその本は、実は彼が一番大切にしている
本である事、そしてしばらくして読み終えた後、私が最もその時に
必要としていた内容の本だったからです。その本を読むことによっ
て私の運命が変ってしまうくらい、その本は私にとって重要でした。

 差別をする気は全くありませんが、貧しさから逃れるためにアメ
リカに来て生活をし、人種差別と戦いながらも努力している彼の姿
が大変印象的でした。そして時々、私は自分が日本人として生まれ
たことを幸せに感じないではいられません。

 皇后様のお言葉である、”私たちは、複雑さに耐えて生きていか
なければならないということ。人と人との関係においても。国と国
との関係においても。”ということをもし早くに自覚していたら、
彼にもあのような態度をとる事が無かったであろうと後悔すると同
時に、自分の幼さを恥ずかしく思いました。

 これからは人との関係において、自分の”根っこ”を鍛え、相手
との橋を架け続けたいと思っています。

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