No.1324 歴史探究が現代日本人を癒やす ~ コンステレーション療法が教えること
空襲、原爆などで受けた先祖の苦しみを、我々は気がつかないうちに受け継いでいる。それを癒やすための歴史探求とは。
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■■■「教育を良くする神奈川県民の会」定期総会・講演会■■■
日時: 7月9日(日) 定期総会14:00~ 講演会15:00~
場所: かながわ県民センター(横浜駅西口5分)2階ホール
講師: 前田晴雄氏(全日本教職員連盟委員長)
会費: 1000円
申込: 直接会場にお越しください。
全日本教職員連盟は日本の正しい教育の発展を願い、教育専門職として常に自らの資質・能力の向上を目指す全国組織の教職員団体です。その活動は日本の歴史、伝統文化を尊重し、「美しい日本の心を育てる」を基本理念としています。
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■1.心理カウンセリングに歴史探求療法?
家族関係などに悩む人々に対するコーチングやカウンセリングをされている「コンステレーションズ・ジャパン」主宰の小林真美さんが、歴史の探求を療法として援用していると聴いて、そのワークショップに参加させていただきました。
「コンステレーション」とは「星座」という意味で、「人間は家族や組織などの共同体の中で、ある位置を占める存在である」という人間観から、バランスのとれない位置に自分を置いて悩んでいる人々が、自分本来の立ち位置を見つけることを助けるための療法と、お見受けしました。
そのような心理療法で、歴史の探求がどう役立つのか、ということを、私が見聞した事例でご紹介しましょう。
■2.空襲を体験した祖母の苦しみ
ワークショップに参加していた一人の40代と覚しき女性クライアントは、同居している母親との関係がうまくいかない、と悩んでいました。小林さんが、いくつか現状に関する質問をした後、いよいよコンステレーションという手法で、その原因を探っていきます。
この手法自体はドイツで生まれ、欧米で普及した手法ですが、小林さんが日本に導入し、日本の土壌に根付くよう深めたものです。その手法自体は短い文章ではとても表現しきれない、人間の深層心理に根ざしたものなので、ここでの紹介は差し控えます。ご興味ある方は、ワークショップに参加されることをお勧めします。
・「コンステレーションズ・ジャパン」ホームページ
https://constellations-japan.com/
そのクライアントの母親との問題の原因を追及していくと次のようなことが判明しました。クライアントの祖母は若い頃、北陸のある都市で空襲を体験していました。祖母自身は無事に生き残りましたが、爆撃で亡くなった無数の死体を見て、ショックを受けました。今日、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と呼ばれる症状にあたるのでしょう。
祖母はその後、結婚してクライアントの母親が生まれましたが、空襲によって心に受けた傷がもとで、夫や娘との円満な家庭は築けなかったようです。母親は、子供心に祖母を助けたいと思います。子供は子供なりに、母親が苦しんでいるのは、自分のせいではないかと思い、自分が何かしなければ、と思うようです。しかし、いかんせん、子供には重すぎる荷物です。
こうして育った母親は、重すぎる荷物を背負っていて、結婚して子供を授かっても、夫や娘(すなわちクライアント)との円満な家庭を築けません。その娘は、またそれが自分のせいだと考え、自分なりに重すぎる荷物を背負おうとします。
コンステレーションという手法は、クライアント自身もはっきり自覚していない家族の過去の体験を、その深層心理から追求していきます。その結果、母親も自分も、重すぎる荷物を背負おうと無理していたのだ、と自覚すると、そのクライアントは涙をため、以前に比べれば、明らかに晴れ晴れとした表情をしていました。
ただ、小林さんに言わせると、これはまだ気づきに過ぎず、クライアント自身が今回、自覚したことを、自分自身で何日もかけて咀嚼する必要がある、とのことでした。
■3.空襲が我が先人たちに与えた苦しみ
このワークショップに参加して、私自身が痛感したのは、空襲を知識として知ってはいましたが、それが多くの人々にかくも深い苦しみを与えていた、いや、今も与え続けているという事実です。
ちなみに、ある中学の歴史教科書でみると、空襲については、次のように記述しているだけです。
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労働力が不足したため、中学生・女学生や未婚の女性も勤労動員の対象になり、軍需工場などで働かされました。空襲が激しくなると、都市の小学生は、農村に集団で疎開しました。[東書、p236]
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勤労動員や集団疎開などより、一般市民を無差別殺傷した空襲の方が、国民的体験としては、はるかに深刻のはずです。こういうバランスを欠いた記述には、日本の政府や軍の加害ばかり強調して、連合軍の戦争犯罪を隠蔽しようとする偏向を感じます。
この次のページには、「空襲などによる死傷者数」(伊勢注:原爆も含む)と題し、10万人以上の死傷者が出た都府県として、東京、愛知、大阪、兵庫、広島、長崎などが赤く塗られています。しかし、これも単なる「データ」で、そこから我が先人たちの体験した苦しみ、悲しみは想像もできません。
ある調査によると、空襲・原爆による死者・行方不明者は60万人近く、損失家屋数で230万軒以上となっています。前節のクライアントの祖母は、命こそ助かりましたが心理的な傷を負いました。こうした間接的な被害を含めれば、日本国民の数千万人規模が、いつ死ぬかもしれない恐怖や、家族や友人、隣人を失った悲しみを味わったことでしょう。
東日本大震災の死者・行方不明者は1万8千人強でした。空襲・原爆は、その30倍以上です。またいつ敵の爆撃機が襲ってくるかもしれない、という恐怖感は、現在、ロシアのミサイル攻撃を受けているウクライナ国民の心持ちから想像できます。
小林さんのワークショップに参加するクライアントの悩みの原因を分析すると、空襲だけではなく、原爆、戦死、シベリア抑留に起因する心的外傷を、子や孫の世代が引き受けて、今も苦しんでいる、という事例が非常に多いとのことです。
わずか80年近く前に、これだけ多くの国民が被害を受けたのに、現在の我々はそれを忘れ去っているか、あるいはせいぜい単なる歴史的知識としてしか受けとめていないのです。しかし、それによる精神的打撃は国民の知らない所で、まだまだ多くの人々を苦しめています。現在の歴史教育が隠蔽している巨大な虚偽と言えます。
■4.「お母さん、私が代わりにその痛みを背負います」
上述の空襲に関するエピソードでは、クライアントの母親は、祖母が空襲で受けたショックを自分がなんとかしようとするところから、苦しみが始まっていました。これは子供一般の心理状態だと、コンステレーションの世界では考えています。小林さんの著書『コンステレーションが教えてくれること』では、こう説明されています。
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母親や父親が何か痛みや苦しみを抱えているなら、子どもは密かにそれを感じ取り、「お母さん、私が代わりにその痛みを背負います」、「お父さん、私があなたの苦しみを引き受けます」と無意識下で言い、無意識下でそれを実行します。[小林、1475]
喧嘩しているお父さんとお母さんは、どうやったらもう一回仲良しになれるのでしょう。たぶん私が今晩良い子にして、一人で歯を磨いて、早くお布団に入ったら、明日お昼ごはんをちゃんと食べたら、きっとお父さんとお母さんは仲良くなる。小さな子どもとしての私たちは、そんなふうに自分を基準にして考えます。[小林、1508]
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この子供の心理を「自我中心的」と小林さんは呼ばれていますが、アドラーの「共同体感覚」の考え方から見れば、この心理は当然だと思えます[JOG(1155)]。共同体感覚とは、人間がある共同体に属し、自分を支えてくれている他者に感謝し、かつ、自分も処を得て共同体のために貢献し、他者から感謝される存在となりたい、という自己認識です。
子供が自分さえ良い子になったら、両親が仲良く暮らせるのでは、と考えることは、共同体感覚の萌芽である家族に対する貢献意欲と考えられます。しかし、まだ世の中の仕組みや自分自身の責任、能力に関して、十分な理解のない子供は、家族の問題に対して、貢献意欲だけが先行して、過剰な重荷を背負ってしまうのです。
コンステレーションのアプローチは、クライアントの責任ではない問題から生ずる過大な重荷を下ろしてやり、同時に家族への感謝を引き出して、健全な共同体感覚を回復させることだと考えられます。
こういうアプローチで、隠蔽された歴史の陰で悩み苦しんでいる人々を、自分本来の人生に活き活きと向かわせるということは、国民一人ひとりを大御宝として大切にすることを目指す我が国にとって、きわめて尊い貢献だと考えます。
■5.先人たちの悲しみ苦しみに心も動かさないような人間では
空襲によるショックを祖母-母親-娘と受け継いだ事例と、「空襲が激しくなると都市の小学生は,農村に集団で疎開しました」で済ましてしまう歴史教科書とは、同じく「空襲」という史実に対する受け止め方がまったく違います。
この二つを並べて考えると、現在の歴史教育が単に歴史事実とその間の因果関係を知識として生徒に注入するだけの、きわめて底の浅い知的営みに過ぎない事が分かります。
たとえば、後世の教科書が、東日本大震災の災害を「防波堤が不十分だったので、1万8千人強の死者・行方不明者が出ました」と冷徹な史実の指摘だけで済ませてしまったら、被災者たちは自分たちの苦しみ、悲しみを無視されたと思うでしょう。
歴史とは、先人たちの悲しみ、苦しみ、喜びなどの様々な思いが詰まった共同体の体験です。それを追体験することで、我々はその共同体の一員として処を得て、共同体感覚を獲得します。青少年の心中にこういう共同体感覚を発達させてこそ、彼らは共同体の一員として将来を支えていこうという志を持ち、自分自身の人生に活き活きと取り組んでいけるのです。
■6.「かけ代えのない命が、取返しがつかず失われて了ったという感情」
ここで思い起こすのは、小林秀雄が「歴史と文学」の中で、子供に死なれた母親の例で、歴史を語っている次の一節です。
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歴史を貫く筋金は、僕等の愛惜の念というものであって、決して因果の鎖という様なものではないと思います。・・・
母親にとって、歴史事実とは、子供の死という出来事が、幾時、何処で、どういう原因で、どんな条件の下に起ったかという、単にそれだけのものではあるまい。かけ代えのない命が、取返しがつかず失われて了ったという感情がこれに伴わなければ、歴史事実としての意味を生じますまい。[小林、8605]
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空襲の例で言えば、「空襲が激しくなると、都市の小学生は、農村に集団で疎開しました」と因果関係を教えたり、10万人以上の死傷者の出た都府県を数え上げたとしても、生徒が「かけ代えのない命が、取返しがつかず失われて了ったという感情」を持たなければ、空襲は歴史事実としての意味を持たない、ということです。
逆に自分の祖母や母親が空襲による心的外傷に耐えて生きてきた事を理解したクライアントが、目に涙をためて祖母や母親に共感する。そのような感情こそが、空襲という歴史事実に意味を与えるのです。すなわち、先人の苦しみ、悲しみ、あるいは喜び、志などへの共感があってこそ、先人の苦闘という歴史事実が意味を持つのです。
同時に、祖母や母親が苦しいながらも生き抜いたお陰で、今、自分がこうして命を与えられている。そこから生まれる感謝の念が、祖母や母親との絆を生み出し、自分の人生の意義を再確認できます。
■7.「自分の命の価値を知る」
小林さんからは、本稿へのコメントとして、以下のメールをいただきました。
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歴史を学ぶことで、例えば敗戦がどれほどの恐怖を生み出したのかなど、当時の人々の生々しい感情を理解することが可能となり、当時の人たちの身になって考え、感じ取り、思いを馳せることができるようになります。
計り知れないほどの残酷な出来事を祖先が生き抜き、自分につなげたという、過去を知ると、それが自分の命の価値を知ることにつながると思います。
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これこそが、まさに小林秀雄の言う「歴史を貫く筋金は、僕等の愛惜の念」ということです。その愛惜の念なくして、空襲の死者数をあげつらっても、それは単なる知的遊戯に過ぎません。
歴史とは国民共同体の体験の集積であり、そこには先人たちの様々な思いが詰まっています。それらの思いに心を馳せつつ、先人の悲しみ苦しみに涙を流し、成功や幸せにはともに喜ぶ。そうした世代を超えた追体験と共感こそが、我々自身の人生の意味を再確認する歴史探求だと言えましょう。
■8.子供たちの健全な共同体感覚を育てるために
先祖の思いに心を馳せる日常的な手段が、お墓参りです。そこには、子供の貢献意欲の萌芽を健全に育てるための、日本人の深い叡知が籠もっています。
たとえば、子供をお墓参りに連れて行って、「亡くなったおばあちゃんは、草葉の陰で、お前がすくすくと育っているのを喜んでいるんだよ」などと話したらどうでしょう。自分が立派に育つことを、喜んでくれる人がいる。両親もそう願っている。こう気がつくことで子供の貢献意欲を健全な方向に伸ばすことができます。

同時にご先祖様や両親への感謝の念も芽生えます。それが共同体感覚を育てる道なのです。先祖供養をきちんとしている家庭では子供も立派に育つ、という意味はここにあると私は考えています。
日本人は、古来から先祖は草葉の陰で子孫の幸せを見守っており、お盆とお正月には家に帰ってくる、と考えました。お正月の門松も祖霊をお迎えするためのものでした。それゆえに先祖が子孫を見捨てて勝手に天国や極楽に行ってしまう、というキリスト教や大陸仏教の死生観は決して受け入れませんでした。
歪んだ歴史教育が空襲などによる先祖の苦しみ、悲しみを隠蔽することで、多くの人々が自分も気づかないうちに、悩み苦しんでいます。また、墓参りなどを時代遅れと軽視する浅薄な近代意識により、我々は子供を立派に育てる叡知を忘れ去っています。しかし、我々はこの現代日本の病を克服する道を、知っているのです。
(文責 伊勢雅臣)
■おたより
■多くの人々が幸福に暮らせるように(知子さん)
コンステレーション(星座の意)療法の、戦争や災禍の、人の心への深い影響を考えた上での対処のしかたにたいへん興味深く感じました。
星座の如く、あるべき位置を各々が認識し、社会に貢献する術がわかるようになれば、どんなに多くの人々が幸せに暮らせるだろうかとおもわれました。
■伊勢雅臣より
自分自身が占める「一隅」をはっきりと認識し、自分の役割と責務が判れば、人は自分の人生の活き活きと向かっていくことができます。
読者からのご意見をお待ちします。本号の内容に関係なくとも結構です。本誌への返信、ise.masaomi@gmail.com へのメール、あるいは以下のブログのコメント欄に記入ください。
http://blog.jog-net.jp/
■リンク■
・JOG(1155) アドラー心理学と「和の国」の子育て
子供たちが「共同体感覚」を発達させて、共同体に貢献することが幸せへの道、とアドラーは考えた。
http://jog-memo.seesaa.net/article/202003article_2.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
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・小林秀雄『合本 考えるヒント(1)~(4)』★★★、文藝春秋(Kindle版)、H27
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・小林真美『コンステレーションが教えてくれること』★★★、コスモス・ライブラリー(Kindle版)、R01
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