No.1330 この国の「仕合わせ」のかたち ~ 日本型ウェルビーイングを考える


「仕合わせ」とは互いのために尽し合うこと。それが「幸せ」への道だと古来から日本人は考えてきた。

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■■ハイライト 「日露戦争を陰で支えた国際派日本人たち」
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■サムライ達の広報外交 ~ 米国メディアにおける日露戦争
 彼らは卓越した英語力で、日本の立場を語り、アメリカ国民を味方に引きつけた。
https://youtu.be/JyoDz5sbB8c

■高橋是清 ~ 日露戦争を支えた外債募集
 莫大な戦費の不足を補うために欧米市場で資金を調達する、との使命を帯びて、是清は出発した。
https://youtu.be/i0rdZN-UiTk

■ポーツマス講和会議
 国民の怒りを買うことを覚悟して、小村寿太郎は日露講和会議に向かった。
https://youtu.be/gZbKtAmHElE
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■1.次期教育振興基本計画に「日本社会に根ざしたウェルビーイングの向上」

「ウェルビーイング」という言葉を聴かれたことがありますか? 国連目標のSDGs(持続可能な開発目標)が2030年に期限を迎え、その次の目標に取り上げられるのでは、という観測があります。

 政府も「Well-beingに関する関係省庁連絡会議」を立ち上げたり、中央教育審議会が答申した次期教育振興基本計画のコンセプトとして「日本社会に根ざしたウェルビーイングの向上」が織り込まれています。その資料によると、ウェルビーイングに関しては、次のように説明されています。[文科省]
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 身体的・精神的・社会的に良い状態にあること。短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義などの将来にわたる持続的な幸福を含む概念。
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 現場の教員の皆さんと日頃接している私などは、教員の「身体的・精神的・社会的に良い状態」を目指すなら、まずは残業時間が国の上限とされている月45時間を越える教員が中学校で77.1%、小学校で64.5%[NHK]という、ブラック職場化している現状を早急になんとかすべき、と考えてしまいます。

 具体策も明示されないまま、新しいコンセプトだけ現場に押しつけて「何か実行手段を考えろ」では、現場教員の残業時間をさらに増やしてウェルビーイングからは遠ざかる一方かと思いますので、本稿では多少なりとも手助けになる考察をしておきたいと思います。


■2.イキイキの5つの因子

 新しい舶来語に飛びつくのは現代日本人、特に官僚や評論家の皆さんの通弊ですが、今回は「日本社会に根ざした」という点に救いがあります。それならついでにこの言葉自体も大和言葉に置き換えるべきでは、と思います。

 この点で、[石川他、p11]では、日本語で表すなら「『イキイキ』がしっくりきます」と指摘しています。「教員も生徒もイキイキした学校を」なら、我々にも直観的に理解できます。ただあまりにも平易すぎて、「中央教育審議会」の答申としては威厳がなくなってしまうでしょうが。

 この「イキイキ」をいくつかの因子に分解して、測定できるようにしよう、という試みが様々に行われていますが、ここでは有名なマーティン・セリグマン・ペンシルバニア大学教授のPERMAをご紹介しましょう。PERMAとは、以下の5つの因子を指します。

P:「ポジティブ感情(Positive Emotion)」嬉しい、面白い、楽しい、感動、感謝など前向きの感情を持つ
E:「何かへの没頭(Engagement)」仕事やスポーツなどに、時間を忘れて没頭する。
R:「人との関係(Relationship)」利他的な関係、人と助け合う関係
M:「生きる意味(Meaning)」生きる意味、目的を自覚する。自分よりも大きいものとの関係を意識する。
A:「達成(Accomplishment)」何かを達成する、そして、達成のために努力する。

 こういう5つの状態を持っている人は、まさに日本語のイキイキとした人生を送っていると言えます。


■3.「人との関係」「ポジティブ感情」

 この5つの因子を見て、教育勅語の12の徳目を思い起こしました。

 教育勅語の最初の4項目は(括弧内は拙訳)

(1)父母ニ孝ニ(父母に孝行し)
(2)兄弟ニ友ニ(兄弟姉妹仲よく)
(3)夫婦相和シ(夫婦は睦(むつ)み合い)
(4)朋友相信シ(友達とは信頼し合う)

と、家庭や友達づきあいの中で、信じ合い、助け合う関係を作ろう、ということです。「人との関係(Relationship)」と似ていますが、それはまず家庭や友達づきあいという、最も身近な所から始めようという具体的な示唆となっています。

 ウェルビーイングの「人との関係」では、その「人」とは誰のことなのか、示されていません。教育勅語の方では、人間はまず家族があり、友人があり、さらに残りの項目が示すように、その先に社会や国家があるという階層的な共同体観を前提にしていることが分かります。

 家族・友人の身近な世界で、信頼し合い支え合う事を学ぶと、今度はその姿勢を、より広い世の中で発揮することが期待されます。

(5)恭倹己レヲ持シ(慎み深く、欲望に流されずに、自分を保ち)

「恭」は慎み深く、「倹」は欲望に流されずに、「己」すなわち自分自身の価値観や志に従って生きることです。仕事や学問など「何かへの没頭」をするには、この無私かつ主体的な姿勢に近づくことが不可欠です。

(6)博愛衆ニ及(およ)ホシ(人々に対して慈愛を及ぼす)

 周囲の人々のために一生懸命に何事かをしようという利他の本能が目覚めると、何事にも前向きな「ポジティブ感情」が生まれます。日本語の「幸せ」の語源は、お互いに何かをやり合う「為(し)合わす」でした。それが転じて「仕合わせ」となり、「幸せ」に変化したと考えられています。「仕合わせ」が「幸せ」に通ずると、日本人は直感していたのです。


■4.「達成」と「生きる意味」

 以上は世に立つべき姿勢ですが、実際に何事か価値ある仕事をするためには、世の中に役立つ能力を持つ必要があります。

(7)學ヲ修メ業ヲ習ヒ(学問を修め業務を習って)
(8)智能ヲ啓發シ(知識能力を養い)
(9)德器ヲ成就シ(人格を磨き)

 は、仕事を達成するための学力、知能、人格を獲得することで、有為な「達成(Accomplishment)」ができるようになります。

 そして、以上の生きる姿勢、能力をもって、「生きる意味」を追求していきます。

10)公益ヲ廣メ世務ヲ開キ(公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし)
11)國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ(国家の憲法法律を遵守し)
12)義勇公ニ奉シ(危急の場合は、正義と勇気をもって公に尽くし)

 ここでは国家を支えて生きる人物像が描かれています。教育勅語が説く「生きる意味」とは、国家という共同体の中で考えられているのです。

 一方、ウェルビーイングの「生きる意味」とは、どのような共同体を前提としているのか、示されていません。


■5.ウェルビーイングと教育勅語との違い

 以上のようにウェルビーイングと教育勅語を比較してみると、内容的には相当に重なっていますが、大きく次の点で違いがあることが分かります。

 第一に、ウェルビーイングは特定の共同体を前提としていないために、その示唆する5つの因子が抽象的です。それだけ各自が自分の人生において、どのような共同体を前提とするのか考えなさい、ということでしょう。

 しかし、たとえば学校教育でウェルビーイングを考えようとすれば、その前提とする共同体は決まってしまいます。家庭-学校-地域-国家です。それは教育勅語の前提と同じです。

 第二に、特定の共同体を前提としていないために、どのように各状態を達成するのか、についての示唆もありません。この点は、教育勅語の方が、具体的なアプローチを提示しています。


■6.「自分よりも大きいと信じるものに属して、そこに仕えるという生き方」

 しかし、「生きる意味」とは何らかの共同体の中で得られるものです。セリグマン教授も次のように述べています。

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 人間はどうしても人生に意味や目的を欲しがるものなのだ。「有意義な人生」とは、自分よりも大きいと信じるものに属して、そこに仕えるという生き方だ。人類はこれを可能にするあらゆるポジティブな制度制度を築き上げてきた。宗教、政党、地球に優しいエコライフ、ボーイスカウト、家族などもそうだ。[セリグマン、p22]
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 前野隆司・慶應義塾大学ウェールビーイングリサーチセンター長も、PERMAを解説した章で次のように述べています。

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 四つ目は「M」。生きる意味です。生きる目的を自覚すること。自分よりも大きいものとの関係を意識することが大事といわれています。「大きいもの」とは、社会や地球でもよいでしょう。社会に対して自分のできることは何かを考える。地球に対して、環境に対して、自分には何ができるかを考えながら取り組むことで、充実感が生まれるはずです。
 もう少し大きなものとして、少々宗教的になりますが、神や宇宙との関係を考えることも幸福幸福度に関係するようです。[前野、p53]
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■7.ウェルビーイングにおける「国家の不在」

 こう述べながらも、ウェルビーイングで特定の共同体を前提としていない、というのは、理論としての一般性を確保するためなのでしょうか?

 ここには、共同体に関して欧米社会の不幸な有様も絡んでいるような気がします。欧米社会は伝統的にキリスト教が共同体の柱となっていましたが、プロテスタントとカトリックの宗教戦争、キリスト教と近代科学との対立などから、キリスト教が共同体を支える権威を失ってきました。

 一方、国家の方は、増大する移民、国家の権威を否定するリベラリズム、個人主義の影響などで、「自分よりも大きいと信じるものに属して、そこに仕える」という対象には成りがたい存在になっています。

 現実には、国家が人々の安全保障や福祉などの多くの面で実質的な共同体となっていながら、セリグマンにしろ、前野氏にしろ、「宗教、政党、地球に優しいエコライフ、ボーイスカウト、家族」や「社会や地球、神や宇宙」には言及しながらも、国家は登場していません。この「生きる意味における国家の不在」は、ウェルビーイングの議論における重大な落とし穴ではないかと思われます。

 我が国でも先の敗戦以来、「国家は悪」とする政治宣伝が横行してきましたが、人間が属する基本的・実質的な共同体である国家を無視して、ボーイスカウトから宇宙に飛躍するのでは「生きる意味」も随分とささやかなものか、抽象的なものになってしまうでしょう。それでは多くの人々が「仕合わせ」になる道を見つけられなくなってしまいます。


■8.建国の詔に示されたウェルビーイング

「生きる意味」における国家共同体に関しては、日本国民ははるかに幸運です。我が国は古来から多神教なので、他の宗派を攻撃したりしない限りは、自由に宗教を選べました。そして宗教に関係なく、互いに日本国民という同胞感をもって、国家を自分の所属する共同体と感じることができたのです。

 さらに我が国においては、国家がその歴史を通じて、人々の共同体の中核をなしてきました。このことは教育勅語の冒頭の文章に記されています。
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国民の皆さん、私たちの祖先は、国を建て初めた時から、道義道徳を大切にする、という大きな理想を掲げてきました。そして全国民が、国家と家庭のために心を合わせて力を尽くし、今日に至るまで美事な成果をあげてくることができたのは、わが日本のすぐれた国柄のおかげであり、またわが国の教育の基づくところも、ここにあるのだと思います。[明治神宮]
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「国を建て初めた時から」とは、神武天皇の建国を指します。神武天皇は大和の地での即位に際して、こう宣言されています。
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恭(つつし)みて宝位(たかみくら)に臨みて、元々(おおみたから)を鎮むべし。・・・六合(りくごう)を兼ねて都を開き、八紘(はっこう)を掩(おお)ひて宇(いえ)と為(な)さむこと、亦(また)可(よ)からずや。
(謹んで皇位に即いて民を安んじ治めなければならない。・・・我が四方の国々を統合して都を開き、天下を覆って我が家とすることは、はなはだ良いことではないか)[日本書紀、p231]
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 神武天皇が国を建て即位された目的は「おおみたから(大御宝)」を安んじ治めるためでした。そして、民は一つの家族として、互いに信じ合い、支え合うことが理想とされたのです。言わば民のウェルビーイングを実現することが、我が国の建国目的だったのです。その目的に従って、代々の国民が「国家と家庭のために心を合わせて力を尽くし」て、すぐれた国柄を築いてきました。

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 ウェルビーイングなどと今頃、英語で言立(ことだ)てしなくとも、世界最古の国家、我が日本は「民安かれ」の祈りにより建国され、代々発展してきたのです。その国柄を「この国の『仕合わせ』のかたち」として、次世代の子供たちにしっかり伝えることが、子供たちの「幸せ」を招き、明るい国の未来も形作れます。

 これこそが「日本社会に根ざしたウェルビーイング」であり、次期教育振興基本計画だけでなく、国家百年の計としての教育の中核でなければなりません。
(文責 伊勢雅臣)

■おたより

■イキイキよりも「生き生き」(章晃さん)

「ウェルビーイングは、日本語に言い換えると、イキイキとなるが、
平易すぎるので威厳がなくなってしまうでしょうが」と書かれておりましたが、
「生き生き」と漢字にすると、重みを実感できるかと思いました。

神道では、私たち日本人は、日々穢れが増えていくので、それを清めるために、
朝、祈りを行ったり、掃除をしたりしております。

それにより、日々汚れが増え、「生き生き」から「死に死に」近づいていくのを、
「生き」に常に戻るように努めているのです。

それにより、国や、八百万の神に自分より大きなものに属している、
感覚を取り戻すことができると感じております。

中西進先生の『ひらがなでよめばわかる日本語』のP85では、

「い」の音ではじまることばは、どれも厳かなものだとわかります。
「いのち」とは、忌み尊ぶべき霊格です。

といった記載があります。

「生き生き」という漢字は、そういう意味合いが含まれると
思いました。


■伊勢雅臣より

「い」からは「いのち(命)」「いき(息)」「いきる(生きる)」など、我々の生命力に関わる大和言葉が生まれていますね。それを思いながら「生き生き」と言うと、身体の中からエネルギーが生まれてくる感じがします。


■「皆さんと一緒に、私もそうする」と言われた明治天皇(夏子さん)

今週号について、二つ、強く感じることがありました。

一つ。

”この「生きる意味における国家の不在」は、ウェルビーイングの議論における重大な落とし穴ではないかと思われます。"の点には、いたく共感しました。

私の周囲にも、日本が好きといいながら、日本が戦争でどれだけ悪いことをしたのか、懺悔と反省を続けるべきとの主張で、世界の人々との相互理解においては、個人対個人しかありえない、それでいいじゃないか、人間対人間であれば通じる、宇宙飛行士は地球を見て美しいといった、そこに国境はない、といった趣旨の主張をする友人がいます。(数日前も大議論)

その人の頭の中では、国家日本=悪、との図式が存在していて、人と人との関係が、個人 -> 家族・近隣 -> 地球 -> 宇宙というレベルに、一足飛びに飛躍しているのがよくわかりました。

かくいう私も、国の存在のありがたさに、本当に気づいたのは、3年前です。ある経済評論家が、「明日の朝、目覚めた時に、日本という国がなくなっていたら、あなたはどうしますか?」という問いを発していたのです。私の頭に、即、浮かんだ答えは「難民になる」でした。

その瞬間に、「欲を言えばキリがないけど、とりあえず、自分が安寧に暮らしていられるのは、日本という国に護られているからだ、ああそれがどんなにすごいことか」と気づきました。そこから、俄然、国家日本、祖国日本を強く意識するようになり、その根源がどこにあったのかを、手当たり次第に学んでいき、今に至ります。

ようやく、日本人として開眼した感があります。

二つ目。

教育勅語について、私がこのところ、もっとも気に入っているのは、最後のくだりです。

漢字が難しいので適当にひらがなを混ぜて書きますと、「これを古今に通じてあやまらず これをを中外に施してもとらず 朕爾臣民とともに拳々服膺して みなその徳を一にせんことを こい願う」です。

現代語訳は、「このおしえは、昔も今も変わらぬ正しい道でありますから、私もまた国民の皆さんとともに、父祖の教えを旨に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります」(出典:明治神宮発行 明治天皇御製 教育勅語 謹解)

このすごさは、第122代 の明治天皇がおんみずから、国民に対し、「皆さんと一緒に、私もそうする」とおっしゃっている点です。

世界広しといえども、古今東西、どこの国の王や皇帝が、国民に対し、「お前たちはこうしろ」と命じたり、善なる期待を述べたりするだけでなく、「あなた方と一緒に、私もそうする」と言ったでしょうか?

私が不勉強なだけで、いたのかもしれませんが、少なくとも、近代日本を導かれた、我が祖国の天皇陛下は、そうおっしゃった。

どうみても、日本はスゴイ国です。

教育勅語の教えが、大正、昭和と時を経るにつれて、中途半端な形で、あるいは、真の意図が理解、実践されずに、表面的に広まったことが、戦争の遠因だったかもしれない、と感じます。

■伊勢雅臣より

 教育勅語で、「あなた方と一緒に、私もそうする」という趣旨の一文があったことの意義は、私も認識を新たにしました。ありがとうございました。


■お互い様とお蔭様でつながるのが日本の良さであり国柄(直紀さん)

ウェルビーイングというキーワードは勤務校でも使われるようになりました。

内容を説明してもらえれば「よいもの」だと分かるのですが、カタカナ語だとどうしてもその大切さを実感できませんでした。

しかし、伊勢様の文章に接し、「イキイキ」と訳してもらえるとスッキリわかりました。

5つの因子の4つめ「M」についての説明もとても理解しやすかったです。

自分よりも大きなもの、自分が所属している集団・共同体のために尽してこそ、自身の幸せにつながるという感覚は、中学校現場でも生徒たちに伝えたい項目です。

戦後は、GHQにより「個」が強調されすぎました。西洋社会の「個」はキリスト教的な「神と共にある自分」が前提で、日本とは捉え方が全く違います。日本人が「個」と言われると「孤独・孤立」の「弧」に変質してしまい、とてもウェルビーイング=イキイキとは言えません。

家族の一員、学校の一員、会社の一員、社会の一員、国家の一員としての自分を大事に考える人々が、お互い様とお蔭様でつながるのが日本の良さであり国柄だと感じました。

中学校教師としての自分がまず家族を大切にし、職場の仲間と目標に向かって協力できる姿勢を育み、生徒の手本となりたいと強く思いました。

これからも、楽しく学び、イキイキと働きます。

■伊勢雅臣より

 教育現場でも、はや使われるようになりましたか。

>日本人が「個」と言われると「孤独・孤立」の「弧」に変質してしまい

 とは、まったく同感です。そこには、我が国の伝統的理想と折り合わないものがあるのですね。



■リンク■

・JOG(1250) 大御宝による、大御宝のための国
 日本は「大御宝のための国」として建国され、大御宝たちが力を合わせて護ってきた。
http://jog-memo.seesaa.net/article/202201article_3.html

・伊勢雅臣『この国の希望のかたち 新日本文明の可能性』、グッドブックス、R03
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4907461283/japanontheg01-22/


■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

・石川善樹,吉田尚記『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました 日本文化から読み解く幸せのカタチ』★★★、KADOKAWA、R04
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4048971646/japanontheg01-22/

・セリグマン、マーティン『ポジティブ心理学の挑戦 “幸福"から“持続的幸福"へ』★★、ディスカヴァー・トゥエンティワン、H26
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4799315765/japanontheg01-22/

・『日本書紀(1)』新編日本古典文学全集(2)★★、小学館、H6
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4096580023/japanontheg01-22/

・前野隆司、前野マドカ『ウェルビーイング』★★★、日本経済出版、R04
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4532114489/japanontheg01-22/

・明治神宮「教育勅語」
https://www.meijijingu.or.jp/about/3-4.php

・文科省「次期教育振興基本計画について(答申)【概要】」
 https://www.mext.go.jp/content/20230308-mxt_soseisk02-000028073_2.pdf

・NHK「国の残業の上限超える教員 中学校77.1% 小学校64.5% 現場は」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230428/k10014052081000.html

この記事へのコメント

2023年08月06日 17:44
ウェルビーイングについてのイキイキという言葉に、非常にしっくり来ました。
私自身も、新しい言葉に飛びつきがちですが、大和言葉にこのような表現があることに、ありがたさを感じます。

PERMAの中のMeanig(即ち、生きる目的)は、多くの日本人が持ちづらくなっているものと思います。
戦後から個人主義の傾向が強まり、多少のばらつきは仕方ないと言えども、仕えられる者によって働き方が大きく変わるような国の状態はあまり望ましいこととは思いません。
多くの価値観を受け入れられる一方、私も含め、個人の国家観や宗教観が色濃く行動に出てしまう状況では、いずれイデオロギーの違いで争いが起こると思います。

それを穏便に済ますためにも、男性と女性、右と左、資本主義と共産主義などの対立軸ではなく、それらの共通項をもっと知り、互いに仕合わせられるような関係性を両親や親族、友人・知人と築いていきたいです。