No.1336 WBC侍ジャパン、強さの秘密
栗山英樹監督が語る「強い組織」とは。
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(伊勢雅臣)大阪茨木で開催される関西信和会の拡大例会にて、
1時間半ほど「歴代天皇の祈り ~ 大御宝を鎮むべし」と題して、
お話しさせていただきます。会合の後は、懇親会も開催します(会費制)
ご興味ある方は、本メールへの返信で、お問い合わせください。
10名ほどの小さな集まりですので、先着数名とさせていただきます。
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■1.「強い組織というのは」
私の愛読誌『致知』の10月号で、WBC(ワールドベースボールクラシック)で侍ジャパンを3大会ぶりに世界一に導いた栗山英樹監督の対談記事が掲載されていました。今回のWBCは劇的な展開が続き、私も全試合を見ていたので、すぐに読んでみました。たとえば、栗山監督のこんな発言が出ています。
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強い組織というのは、全員が自分の都合よりもチームの都合を優先し、全員がチームの目標を自分の目標だと捉えていることだと思っています。
そういうことを伝えるために、今回は長くミーティングをする時間がなかったものですから、三十人の選手全員に手紙を書きました。
僕はあまり字がうまくないんですけど、墨筆で。それを代表合宿がスタートする日に、各人の部屋に置かせてもらったんです。[致知]
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こんな発言をする栗山監督が本を書いているというので、早速読んでみました。そこには監督の深い思いもさることながら、選手たちの感動的な姿も多数、紹介されていて、これこそ日本人が世界で戦う上でのお手本だと思われました。その一端をご紹介しましょう。
■2.切り込み隊長ヌートバー
今回の侍ジャパンの特色の一つは、ラーズ・ヌートバー選手でしょう。アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれて、初の日系人選手として日本チームに参加しました。
3月9日のWBC予選第1戦対中国戦の1回裏、ヌートバーは先頭打者で、初球をセンターに打ち返しました。栗山監督はこう述べています。
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いきなりの中前打は、彼自身と周囲の心を覆うもやもやを、吹き飛ばすものでした。しかも、センターへライナーで打ち返し、全力疾走してセカンドを狙うオーバーランは、日本人の野球観に響いたでしょう。最初の打席で、彼は多くのファンの心をわしづかみにしたのでした。[栗山、p122]
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ヌートバーは全7試合に「1番・センター」で先発出場し、超ハッスルプレーで、7安打7四死球、出塁率.427と、切り込み隊長役を見事果たしてくれました。
■3.「たっちゃん」にしよう
初めての日本チーム参加で、日本語もほとんど話せないヌートバーが、これほどのスタートダッシュができたのは、周囲の心づかいが大きかったからのようです。
宮崎キャンプの期間中に、栗山監督はコーチングスタッフと話をして、ヌートバーをスムーズにチームに溶け込ませるには、自分たちが心を開いて、誠心誠意受け入れることが大事だと、考えていました。
それを行動で示すにはどうしたらよいか。コーチの一人が「ニックネームで呼びましょう」と提案し、それもアメリカでの「ラーズ」ではなく、ミドルネームの「タツジ」から「たっちゃん」にしようということになりました。
3月3日のヌートバー合流初日には、みなで特製のTシャツを着て迎えました。2本のクロスしたバットの左右に日米の国旗が描かれ、その上に大きく「たっちゃん」とひらがなで書かれています。ヌートバーは、その意味を聞いてびっくりし、「みんなが僕の名前の入ったTシャツを着てくれていたから、気持ちが楽になった」と、嬉しそうに話していました。
3月4日には中日ドラゴンズと試合をしたのち、大阪に移動しました。移動中はチームおそろいのオフィシャル・スーツを着ますが、大谷翔平選手は私服でした。ヌートバーのスーツがまだできていなかったので、独りぼっちにしないために、自分も私服を選んだのです。大リーガーの歴史を刻む大活躍をしながらも、こういう細やかな心づかいができるのも、大谷選手のすごい所です。
■4.初日からのチーム参加を優先したダルビッシュ投手
チームを支える働きをしたのは、ダルビッシュ有選手です。栗山監督は前年22年8月にダルに会って、侍ジャパンへの参加を求めました。監督は「変化球の投げかた、練習への取り組みかた、食事の摂りかた、個人のトレーニングのしかたといったものを教えてくれたら、どれだけ日本球界のためになるか。それだけを考えてほしい」と頼みました。
二度目に会ったのは、その4月後の12月上旬でした。ダルはその数日前にSNSでWBC出場の意思を示していました。ダルは栗山監督にこう言いました。「監督、侍ジャパンに僕が参加するのに、最初から合流しないなんてあり得ないですよね。それじゃあ、チームにならないじゃないですか」[栗山、p76]
大リーグ所属選手は、WBCのルールによって、3月6日までは強化試合に出場できません。所属するサンディエゴ・パドレスのキャンプに参加していれば、オープン戦に出場できますが、それでは侍ジャパンへの合流が、WBC開幕直前になってしまいます。自分の調整を最優先して、開幕ぎりぎりにチームに合流するか、調整よりもチームに早く合流するかの選択を迫られていたのです。
ダルはその言葉通り、2月17日のキャンプイン初日から参加しました。ダルは大リーグで10シーズンも活躍してきて、侍ジャパンの若い選手にとっても憧れの存在でした。09年のWBC決勝で抑え投手として登板し、優勝を決めてマウンドで雄叫びをあげた姿は、皆の記憶に残っています。
そんなダルが、若い選手と積極的にコミュニケーションをとり、それだけでなく「それはどういうふうに投げているの?」と、質問までしています。スマートフォンで投球フォームを撮影して、一緒に確認したりもしていました。
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どの選手の顔にも「楽しい」と書いてあります。初日から充実感に満ちた練習となりました。ダルこそは現場の責任者であり、彼に一任しておけば間違いないと私は確信しました。[栗山、p77]
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■5.「監督、お願いがあります」
18日にダルがブルペンに入って投球練習をすると、若手投手陣がすらりと並んで見学していました。その時に、1人だけトレーニングルームに閉じこもって出てこない投手がいました。オリックス・バファローズの宇田川優希投手です。
22年に1軍デビューを飾ったばかりで、初めてのシーズンオフの過ごし方をつかめていないようで、調子が上がらず、記者陣に取材されると「正直、気後れというか、、、」と、まだチームに馴染めていないことを匂わせていました。
そうした姿に、ダルが監督室のドアをノックして、こう言いました。
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監督、お願いがあります。宇田川の今日のピッチング、見ていましたよね。良くなってきましたよね。監督からその良かったなという感じを、話してあげてもらえませんか。いまの状況を考えれば、そういう言葉が大きな意味を持ちます。[栗山、p78]
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ダルの助言を受けて、栗山監督が宇田川選手に声をかけると「まだまだ緊張感が大きいのですが」と申し訳なさそうに言って後で、「何とかします」と、今までにない力強さで答えてくれました。
宮崎キャンプでの休日には、ダルは投手陣を集めた食事会を開きました。そして宇田川選手を会長に指名して、食事会を「宇田川会」と名付けました。
宇田川投手は、3月10日の韓国戦では、1イニングを投げて、2奪三振を含む3者凡退、翌11日のチェコ戦でも打者一人を空振り三振に抑えました。アメリカでの決勝ラウンドでは登板の機会はありませんでしたが、毎試合の開始と同時にブルペンに向かい、6回まで準備を続けました。
帰国後の記者会見で、コーチの一人は「今回、一番ブルペンのバックアップに回ってくれたのが(宇田川会)会長の宇田川で、彼にはゲームではないところで、陰で支えてもらった。彼には感謝したい」と名指しで感謝をしました。
■6.「自分の感覚としては絶対にできます」
西武ライオンズ所属の源田壮亮(そうすけ)内野手は、栗山監督が侍ジャパンのメンバー選考で、最初に決めた二人のうちの一人でした。投手力で勝ちきる試合を目指すうえで、遊撃手として守りの要(かなめ)になってくれると期待していました。
3月10日は宿敵の韓国戦です。今までのWBCではつねに死闘が繰り広げられてきました。先発はダル、今シーズン初めての登板でしっかりした立ち上がりを見せています。しかし、3回表、ダルが先頭打者に二塁打を許しました。その次の打者にはホームラン。その後もエラーがらみで合計3点を取られました。
続く3回裏、「ここまでチームを引っ張ってきてくれたダルさんを、負け投手にするわけにはいかない」と、ベンチの士気は高まりました。先頭打者の源田が粘りに粘って死球を選び、次打者の中村悠平も死球と、無死1、2塁で、1番のヌートバーに廻ってきました。
しかし、そこで思わぬアクシデントがありました。2塁への牽制球で頭から帰塁した源田が、タイムをかけてベンチに戻ってきました。帰塁の際に、右手小指を痛めたのです。しかし、「ランナーだけはいきます」と、2塁に戻りました。その後、ヌートバーからタイムリー3連打が続き、見事4対3と逆転しました。試合は結局、13対4の大勝になりました。
源田は4回表の守備から交代し、病院に直行しました。診断結果は右手小指の骨折で、全治3ヶ月。ただ源田選手は「指の怪我はこれまでもあり、自分の感覚としては絶対にできます」と、訴えてきました。確かに、小指なのでボールを握ることは何とかなるし、また左打者なので、スイングもできます。
しかし、栗山監督は、球団の大切な選手を預かっている立場として、骨折している選手をプレーさせることが、球団にとって、選手にとって良いことかどうか、考える責任があります。ライオンズのゼネラルマネジャーとトレーナーと話をすると、「げんちゃんには全幅の信頼を置いているので、彼の思いどおりにやらせてあげてください」とのことでした。
ここまで信頼されているのは、源田選手が常に真摯に野球と向き合っているからでしょう。その姿勢は素晴らしいと栗山監督は思いました。
■7.「げんちゃんはどうしてそんなに強いの?」
試合前に、練習している源田を注意深く観察すると、キャッチボールやティー打撃を見る限り、大丈夫かもしれないな、と栗山監督は感じました。練習後、2人で話すと「痛みはまったくないです」「大丈夫です。いけます!」としか言いません。
源田の真っ直ぐな言葉はものすごい熱量を持っていて、後ずさりしてしまうような迫力がありました。栗山監督は「こんな選手になりたかった。こんな選手を育ててみたかった」と思いました。それで思わず、聞きました。「げんちゃんはどうしてそんなに強いの?」 源田選手は涙を溢れさせながら、答えました。
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監督、僕はこれまでも侍ジャパンに選ばれてきて、金メダルを獲った東京オリンピックもメンバーに入りましたけど、試合にはほとんど出ていないんです。だから今回は絶対に試合に出て、勝ち切るんだって決めて、そこに懸けてきたんです。どんな役割でもやります。このWBCで、野球がしたいんです。[栗山、p140]
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個人的な野心ではなく、「日本の野球に尽くしたい」という一心に、栗山監督の魂は揺り動かされました。そして源田選手をチームに残すと決めましたが、第3戦のチェコ戦、第4戦のオーストラリア戦は休ませました。その間、練習中の動きを注意深くチェックすると、「骨折している」と言われなければ分からないくらいに、しっかり投げて、打っていました。
3月16日、決勝ラウンドに入り、準々決勝のイタリア戦。ミーティングで選手たちに先発を発表します。監督の「8番ショート、源田!」の声に、ロッカールームの空気が一瞬にして変わりました。源田選手の「はい!」という声が響きわたると、まるで日差しが差し込んだように室内が明るくなった気がしました。
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試合前のメンバー発表で源田の名前がアナウンスされると、東京ドームに地響きのような歓声が沸き上がりました。彼の熱き魂がファンのみなさんも巻き込み、侍ジャパンの大きな力となった瞬間でした。[栗山、p173]
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■8.「日本のみなさんがこんなにもひとつになって、勝利に喜んでくれて」
栗山監督の著書では、この後、アメリカでのメキシコとの準決勝戦、そしてアメリカとの決勝戦と劇的な展開が続いていきます。さらに不振を極めた三冠王・村上選手の復活劇、そしてなによりも中心となった大谷翔平選手の奮闘については、本を直接読んでいただきたいと思います。
ご紹介の最後に、栗山監督の「おわりに」から、私自身が心を打たれた一節をご紹介しましょう。
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日本のみなさんがこんなにもひとつになって、勝利に喜んでくれて、笑顔になって、元気になって、仕事や勉強、家事や育児に頑張ってくれる。2019年のラグビーW杯や、22年のサッカーW杯もそうでしたが、これだけたくさんの人の心をひとつにできるのは、スポーツが持つ大きな力だと感じました。
スポーツには、人を元気にする力がある。心の荒野に花を咲かせることができる。なくてはいけないものだと思いましたし、だからこそプレーする私たちは一瞬一瞬に全力を尽くさなければいけません。[栗山、p227]
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選手たちが「一瞬一瞬に全力を尽くす」姿は、個人としてバラバラに頑張るのではなく、共通の目標に向かってお互いに支えあっています。だからこそ「たくさんの人の心をひとつにできる」力を生むのでしょう。それこそが日本人本来の生き様なのです。
(文責 伊勢雅臣)
■リンク■
・JOG(1252) 内村航平選手、世界大会8連覇の原動力
仲間とともに頑張り、見ている人々に感動を与える演技を目指して達成した偉業。
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・JOG(966) リオで見えた嘘と真心
ドーピングや審判買収の嘘が消えて、選手たちの真心が輝いたリオ五輪。
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・JOG(761) なでしこジャパンの団結力
体格のハンディをはねかえした「なでしこジャパン」の団結力はいかにもたらされたのか。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201208article_2.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
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・栗山英樹『栗山ノート2 世界一への軌跡』★★★、光文社、R05
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・栗山英樹、横田南嶺「世界の頂点をいかに掴んだか」『致知』R05.10
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