No.1344「イスラム・テロが起こるのは社会が悪いから」という詐術
「国内では日本の法と文化を尊重するイスラム教徒と、国外では世界の平和と安定を構築しようとするイスラム諸国と連携すべき」
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■弊誌のYouTube版、しばらく制作者の体調不良で新規公開をお休みしていましたが、ようやく、そろそろと再開しました。
再開後の力作をぜひ、ご覧下さい。
河口慧海の探検(上)仏教原典を求めインドからチベット6年間の旅
https://youtu.be/GGp36ZhS38w
河口慧海の探検(下)仏教原典を得て、慧海は国民教化の夢に乗り出した。
https://youtu.be/rZavr_6ozjM
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■1.「ハマスは非武装の民間人を急襲し、赤ちゃんを惨殺し」
10月7日にイスラム組織ハマスがイスラエル領内に数千発のロケット弾を打ち込み、近くの音楽フェスティバルに集まっていた民間人を攻撃しました。BBCの報道では、約1400人が殺害され、200人ほどが人質に取られた、とのことです。[BBC]
その後、イスラエルの空爆で、ガザ地区に大きな被害が出て、毎日、その被害者数が増えていっている様子は、日本のテレビや新聞で大きく報道されています。ハマスへの攻撃で、ここまで民間人も巻き込んだ空爆をするイスラエルのやり方はどうかと思います。
しかし、その一方で不思議なのは、ハマスに殺害された人々の遺族の怒りや悲しみ、また現在、人質となっている人々の様子が、ほとんど報道されていないことです。報道としてはいかにもアンバランスです。そんな中で、イスラム思想研究家・飯山陽・麗澤大学客員教授が産経新聞に投稿した論考が目を引きました。
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イスラム原理主義組織ハマスが10月7日、イスラエルに対する大規模な無差別テロ攻撃を開始し、イスラエル側に多数の死傷者が出たことが報じられると、西側諸国の主要都市で奇妙な現象が確認された。パレスチナの旗や過激組織「イスラム国」(IS)の旗を掲げる人々が数千人規模で街頭に繰り出しハマスの作戦成功を祝ったのだ。・・・
ハマスは非武装の民間人を急襲し、赤ちゃんを惨殺し、妊婦の腹部を切り裂いて胎児を引きずり出し、若い女性をレイプして殺し、シェルターに逃げた家族を生きたまま焼いた。これを「祝う」という感覚は日本の常識とは相いれない。[産経]
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こういうハマスの蛮行を隠蔽すれば、今回の事件は、可哀想なパレスチナ人と、悪役イスラエル、その陰のアメリカ帝国主義というような単純な図式になってしまいます。
■2.私が出会った温和なイスラム教徒たち
私は海外での仕事で、多くのイスラム信者の人々と出会ったり、一緒に仕事をしましたが、これらの人々は一人残らず、善良な人々でした。
たとえば、モロッコの子会社の現地人トップは熱心なイスラム教徒で、会社を何日も休んで、メッカへの巡礼の旅(ハッジ)に出たりしていました。メッカでの写真も見せて貰いましたが、巨大な聖殿の周囲を何万人という人々がぐるぐる廻る儀式を行っています。その現地人トップはいつもにこやかな笑みを絶やさず、部下にも親切に相談にのっていました。
私がイタリアに駐在していた4年間、ほぼ2,3ヶ月毎に現地を訪問しては、彼や彼の部下の部長たちと面談し、また工場で現場の人達の働く様子を見ましたが、家族的によくまとまって、一生懸命仕事をしていました。
欧米の子会社では、時には社員どうしの軋轢も生じていましたが、それに比べると、モロッコの会社は和気藹々としていて、いかにも温和な人々が互いに思いやりを持って仕事をしている、という印象を受けました。
■3.なぜ穏健なイスラム教から残虐なテロリストが出のか?
飯山陽氏の『イスラム教再考』には、次のような一節があります。
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数多くの著書やテレビ出演で知られる池上彰も『考える力がつく本』 (プレジデント社、2016年)で「イスラム教はもともと、平和を愛する穏健な宗教です」と述べ、『池上彰の世界の見方 中東』 (小学館、2017年)でも「『イスラム』とはアラビア語で『平和』や『平安』を意味する『サラーム』という言葉から生まれました」と説明しています。
イスラム研究者も、彼らと同じ主張をしています。[飯山、p21]
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「イスラム教はもともと、平和を愛する穏健な宗教」と言われると、私の知っているイスラム信者たちを思い浮かべて、共感するのですが、しかし、よく考えると、そんな「穏健な宗教」から、なぜハマスのように残虐なテロリストが大勢出てくるのか、疑問でした。
■4.テロリストが出るのは、社会が悪いから?
この疑問に対するイスラム研究者たちの回答を、飯山氏はこう紹介しています。
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宮田律(弊誌注:一般社団法人 現代イスラム研究センター理事長)は『現代イスラムの潮流』で、「テロは、イスラムとは関係のない政治や社会の要因から発生していることをよく知っておかなければならない」と述べ、・・・
・・・フランスの風刺新聞社シャルリー・エブドを襲撃したクアシ兄弟について、「今回の兄弟たちも、貧しいがゆえに教育を受けられなくて、ドロップアウトという道に進むしかなかった。[飯山、p90]
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一見、もっともな主張で、この論理でいくとハマスの今回のテロも、もとはといえば、イスラエルがパレスチナの人々を追い出したから、ということになるのでしょう。「そんな仕打ちをされたら、テロに走るのも無理はない」と。
しかし、この説明と矛盾するのが、飯山氏が指摘する以下の事実です。
(1)世界に最大23万人いるとされるイスラム過激派戦闘員のほとんどは、イスラム諸国にいる。(米シンクタンク戦略国際問題研究所、2018年報告書)[飯山、p94]
(2)イスラム過激派テロリストの多くは中流から上流階級の出身で教育レベルも高い。(サウジアラビアのキング・ファイサル・イスラム研究センター2019年報告書、「イスラム国」入りしたサウジ人759人のうち、約340人が高校レベルの教育を受けており、約120人が大学の学位をとっていた)
こうしたデータから見ると、上記の宮田律氏のようなイスラム移民の2世、3世が移住先で「貧しいがゆえに教育を受けられなくて」テロに走る、という説明ではテロの全体像が見えてきません。
■5.「テロの原因はイスラム教のイデオロギー自体にある」
前節の疑問に対する飯山氏の答えはこうです。
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「イスラム過激派テロの原因は社会にある」のではありません。イスラム教のイデオロギー自体にあるのです。[飯山、p111]
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ここで注意すべきは、イスラム教の教義によって暴力的なテロを実行する「イスラム主義者」と、教義を信じながらもテロなどはしない穏健な「イスラム教徒」とを厳密に分けて考えるべき、ということです。この点は、イスラム教よりも我々に身近な共産主義を例に考えると、分かりやすいでしょう。
我々の周囲には共産主義・社会主義を信奉する「左翼市民」はたくさんいます。しかし、こういう人々は朝日新聞を講読し、立憲民主党や日本共産党に投票する程度で、法律を踏みにじってまで革命行動を起こしたりはしません。
一方、かつては過激派学生が猛威を振るいました。東大の安田講堂を占拠し、封鎖解除をしようとする機動隊に、上から火焔瓶や石や硫酸などを投下して、負傷者710人、うち重傷者31名も出しました。さらには過激派どうしで内ゲバを起こし、全国で100名以上の学生が殺されたと言われています。[JOG(916)]
このように暴動なり内ゲバを起こすのは、マルクス主義の中に、暴力を手段として肯定する教義があるからです。マルクスの「共産党宣言」の中には「共産主義者は、彼らの目的は、既存の全社会組織を暴力的転覆することによってのみ達成できることを、公然と宣言する」というあからさまな「暴力肯定」の一節があります。
こういう戦闘的な教義を持つマルクス主義を、そのまま実行して、社会組織の「暴力的転覆」を図ろうとする「左翼過激派」がおり、また他方には、教義に心情的には共感しても、自らは法律や道徳を守って暮らしている「左翼市民」がいます。
「左翼市民の人々が穏健に暮らしているからマルクス主義はもともと平和的だ。左翼過激派が出るのは社会が悪いからだ」というのは、結局、過激派を擁護する論法で、こんな見方が広まると、過激派がますます増長して、社会の混乱が拡大します。
「大多数のイスラム教徒が穏健だからイスラム教は平和的な宗教であり、過激派がテロをするのは社会が悪いからだ」というのは、これと同じ詭弁です。共産革命に失敗した連中が、「イスラム革命」で「夢よもう一度」と、企んでいるようです。飯山氏は「『安保法案』に反対する中東研究者のアピール」や「『特定秘密保護法案』に反対する中東研究者の緊急声明」を例に挙げています。
■6.「異教徒との戦い」を説く『コーラン』
それでは、イスラム過激派テロを生むイスラム教のイデオロギーとは、どのようなものなのか、飯山氏の指摘から見てみましょう。
イスラム教の教義として「ジハード」があります。「ジハード」はよく「聖戦」と訳されますが、具体的には「異教徒との戦い」を意味します。
『コーラン』においてジハードは、第9章73節「預言者よ、不信仰者と偽善者に対してジハードし、厳しく対処するがいい。かれらの住まいは地獄である」などと使われています。
このジハードの部分を、岩波文庫版の『コーラン』では、こう訳しています。
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これ、予言者、お前は無信仰者や似非信者どもを敵としてあくまでも戦うのじや。ああいう者どもには、いくらでも酷(ひど)くしてやるがよい。彼らの落ち行く先はジャハンナム(ゲヘナ、伊勢注:地獄)。行きつく先はまことに惨澹たるものであろうぞ。
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ジハードは信仰を守るために、文字通り「戦う」ということです。この「ジハード」を国家として実行しようとしているのが、イランのようです。飯山氏はこう指摘しています。
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イランは憲法前文で、イラン軍を「全世界に神の法がうち立てられるまでジハードを戦い抜く」ためのものだと規定します。世界の「被抑圧者」と連帯してアメリカとイスラエルという「抑圧者」を打倒し、世界にイスラム革命をもたらすことによって被抑圧者を解放するというのがイランの国是です。[飯山、p54]
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ハマスがイスラエルに大量に打ち込んだロケット弾は、イランから供与されたものだと言われています。イランもハマスも『コーラン』に忠実に従って、異教徒とのジハードを戦っているのです。
このジハードを『池上彰の世界の見方 中東』では、次のように説明しています。
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「ジハード」は、日本語では「聖戦」と訳されることが多いのですが、本来の意味は「イスラムの教えを守る努力」という意味です。たとえば、ー日五回のお祈りも、ラマダンと呼ばれる断食も、それを実行しようとする努力はイスラム教徒にとってはジハードになります。一所懸命守ろうと努力すればジハードです。[池上、167]
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池上氏は、アフガニスタンでは、人々がこういう純粋な「ジハード」をしていたのに、アメリカの介入によって、ソ連との戦いが始まったというのです。これは「イスラム教=平和を愛する穏健な宗教」と説いた上で、こういう善良な人々を戦わせたアメリカが悪い、と、この本では中高生に吹き込んでいるのです。
■7.過激主義やヘイト、人権侵害と戦うことを世界に呼びかける「メッカ憲章」
多くの善良なイスラム教徒からなる、ほとんどのイスラム国家は、イスラム過激派をなんとか抑え込んで、平和で安定した国際社会を作ろうと努力しています。
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サウジのムハンマド皇太子は2017年10月、「私たちは宗教と伝統が寛容につながるような普通の生活を望んでいる。世界と共存し、世界の発展の一部となるために」と述べ、過激なイデオロギーを廃して穏健なイスラム教に立ち返ると宣言しました。
2019年にはサウジのメツカに139カ国から1200人以上のイスラム学者、指導者が集まり、過激主義やヘイト、人権侵害と戦うことを世界に呼びかける「メッカ憲章」を採択しました。[飯山、p213]
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またイスラム過激派が移民先の国で問題を起こしている問題に対し、エジプトのシン大統領は、2018年11月の世界若者フォーラムでこう批判しています。
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あなた方はヨーロッパに行きたいと言いつつ、「我々のやり方を認めろ、それが人権だ」と要求する。あなた方は自分たちの文化について妥協できないとも言う。だがもしあなた方が他国に行くなら、あなた方はその国の法律、習慣、伝統、文化に従わなければならない。そのつもりがないなら行くべきではない。行っても問題を引き起こすだけだからだ。[飯山、p206]
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こういう穏健なイスラム教徒側の発言を踏まえれば、飯山氏の以下の結論には大方の人が共感できるでしょう。
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国内では日本の法と文化を尊重するイスラム教徒と、国外ではイスラム主義(伊勢注:イスラム過激派)を退け、宗教の違いを乗り越え、世界の平和と安定を構築しようとするイスラム諸国と連携すべきです。[飯山、3,107]
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「イスラム教=平和を愛する穏健な宗教」として、イスラム過激派がテロを起こすのは、そうさせる社会が悪いのだ、というプロパガンダをまき散らすのは、イスラム過激派を増長させ、世界の対立と混乱と憎悪を拡大しようとする一種の革命戦術なのです。
(文責 伊勢雅臣)
■『「イスラム・テロが起こるのは社会が悪いから」という詐術』へのおたより
■「テロの原因を安易に社会が悪いからだという主張は暴言」(Naokiさん)
今回の文章は特に目から鱗が何枚も落ちたように感じました。
特に左翼市民と左翼過激派のたとえです。
イスラム教徒とイスラム過激派・イスラム主義者の違いがスッと肚落ちした感覚です。
テロの原因を安易に社会が悪いからだという主張は、結局のところ古き良き伝統を破壊したい人たちの一方的で根拠のない暴言なのだと理解できました。
国際化が言われている世の中ですが、「郷に入りては郷に従え」はいつの世でも金言なのだと思います。
■伊勢雅臣より
「目的は手段を正当化しない。どんな高尚な目的があっても、法と道徳を破ることはよくない」という常識を我々はもつべきですね。もう一つ、「郷に入りては郷に従え」もグローバル化時代の大切な常識です。
こういう先人の常識は、グローバル化し、思想宗教で分断された現代社会でもますます重要になっています。
■リンク■
・JOG(916) 戦後左翼の正体
「安倍に言いたい。お前は人間じゃない! たたき斬ってやる!」と言う人々の正体を探ってみれば、、、
http://jog-memo.seesaa.net/article/201509article_1.html
・JOG(918) 私の見た戦後左翼の正体
読者の体験談から浮かび上がる「戦後左翼の正体」
http://jog-memo.seesaa.net/article/201509article_4.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
→アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
・BBC、R051021「ハマスが人質のアメリカ人母娘を解放、イスラエルとの衝突開始後初 カタールが仲介」
https://www.bbc.com/japanese/67179604#
・飯山陽『中東問題再考』★★★、扶桑社BOOKS新書(Kindle版)、R04
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/B09YHNR44X/japanontheg01-22/
・池上彰『池上彰の世界の見方 中東~混迷の本当の理由』、小学館(Kindle版)、H29
・産経、R051105、「ハマスの残虐を祝う人々と「共生」できるか イスラム思想研究者・飯山陽」
https://www.sankei.com/article/20231105-NH7BQCB3DZMVBHWYLQ3BYXXJCY/?573005
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