No.1424 刑務所出所者の「親になったるで」 ~ 職親プロジェクトの挑戦
刑務所や少年院の出所者を雇用して、社会復帰を助ける。704社が950名を雇っているが、その道のりは険しい。
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■1.「最初は本当に心が折れました」
伊勢: 花子ちゃん、「千房」というお好み焼きのチェーン店は知ってるよね。
花子: もちろんです。母が大好きで、よく連れて行ってもらいます。とっても美味しいお好み焼きが食べられます。
伊勢: その「千房」の中井政嗣(まさつぐ)社長が、「職親プロジェクト」の代表をされてるんだ。
花子: 「しょくしん」? どういうプロジェクトですか?
伊勢: そのホームページでは「官民連携で出所者が再び罪を犯さぬよう『職の親』となり自立更生を推進する活動です」と説明している。今年4月時点で、704社もの企業が参加して、刑務所や少年院の出所者950名を雇って、社会復帰の手助けをしている、とのことだ。日本財団が後押ししているんだけど、いかにも日本財団らしい、世のため人のための心配りが感じられる発想だね。
昨年の犯罪白書によると、刑法犯で検挙されたのは令和5年で18万3千人。うち8万6千人、47%が再犯だった。この再犯率を下げれば、世の中の犯罪も減り、それによって犯罪の被害者も減るというわけだ。そして、再犯を防ぐために、出所者に定職を与えて、安定した社会生活を送れるよう、企業が協力しよう、というのが、このプロジェクトの狙いだね。
花子: とても良いプロジェクトですね。出所した人がどしどし立ち直っていってくれたら、素晴らしいです!
伊勢: しかし、なかなか簡単ではないみたいだね。ホームページで、中井社長はこう述べている。
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これまで千房では出所者出院者の方を62人雇用してきましたが、成功事例の裏には何倍、何十倍の失敗事例があります。
最初は本当に心が折れました。
ここまで寄り添ってるのになんで裏切るのって。
店の金をパクってドロンした人もいました。
最近、その人が見つかったので、「5,000円ずつでもいいから払う」と約束させました。・・・
たとえ問題を起こして退職しても、やる気があれば雇用しています。
1社だけだったら、早くにくじけています。
やっぱり現場に迷惑かけますから。でも、取り組みをすべてオープンにしたことで、職親の仲間が北海道から沖縄まで一気に広がったんですね。
雇用主のみなさんに言いたいのは、1回や2回は失敗しますよと。
そこからが本当にスタートやと思います。[職親]
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■2.「なぜ犯罪者に寄り添わないといけないのか」
伊勢: 中井社長の「最初は本当に心が折れました」という難しさを、具体的に描いているのが、草刈健太郎さんの著書『お前の親になったる』だね。草刈さんは、中井さんから「『職親プロジェクト』の立ち上げに力をかして」と電話で頼まれた。
草刈さんは「日之出塗装工業」などの会社を経営しており、そこで出所者を雇って欲しいという頼みだった。日頃からいろいろお世話になっているので無下に断ることもできず、「はい、いいですよ」と返事をしてしまった。
しかし、電話を切った後は「なんで俺が?」という思いで頭の中が一杯だった。というのは、草刈さんはアメリカ留学中の妹・福子さんを現地で殺された被害者一家だったからだ。中井さんはその事を知らずに頼んで来たのだった。
福子さんを殺したのは、アメリカで一緒に住んでいた米人だった。全身をナイフで二十数カ所も刺されて、自宅は血の海だった。しかし、犯人の家族は裕福で、優秀な弁護士を雇って、犯人は躁鬱病の薬を服用していて責任能力がない、という線で、無罪を狙った。草刈さんは裁判中から、なんとしても犯人に復讐したいと、マフィアの手を借りることまで考えたそうだ。
草刈さんは4年もかけて裁判を争い、ようやく犯人に禁固16年以上の刑を与えることができた。しかし、犯人は反省の色もなく、判決を受けると、ゲームに負けて悔しがっている駄々っ子のように、机に頭を叩きつけたのだった。
「職親」の事を話すと、姉は激怒し、母親は泣いて反対した。被害者やその家族に寄り添うならわかるが、なぜ犯罪者に寄り添わないといけないのか、草刈さん自身も分からなかった。「タイミングを見て抜けるから、ちょっとだけ我慢して」と言いくるめた。
■3.17歳で少年院から出てきたヤマモトカズキ
伊勢: 草刈さんが『職親プロジェクト』で最初に引き受けたのが、ヤマモトカズキ(仮名)だった。窃盗の罪で少年院に入り、17歳で出てきた。国が帰る場所のない出院者の仮住まいとして用意した寮に住み、草刈さんが社長をしている日之出塗装工業で働くことになった。
会社のエースで、職人気質の伊藤職長に預けた。根気よく教育をしてくれた。しかし、1ヶ月ほどが過ぎ、現場からの帰りの車中で、助手席のヤマモトが「女と約束があるので、待ち合わせ場所まで連れて行ってください」と頼んだ。伊藤職長は「ふざけるな! 俺はお前の運転手とちゃうぞ!」と怒鳴りつけると、翌日からヤマモトは現場に来なくなった。
草刈さんは、ヤマモトの携帯に電話をして「給料、まだ払ってない分があるから取りに来い」とだけ言った。数日してヤマモトが会社にやってきた。なんともみすぼらしい格好をしている。「お前、どうやって生活するつもりやったんや。また悪いことするつもりやったんか」と言ったら、ヤマモトは涙を流しながら、黙り込んでしまった。
草刈さんは、もっとおおらかな立野職長にヤマモトを託すことにした。これなら厳しさに逃げ出すこともないだろうと考えたからだ。
■4.「加害者」だと思っていたが、実は「社会的被害者」?
花子: やさしい職長さんなら、今度は大丈夫だったんですか?
伊勢: いや、そうもいかなかった。数ヶ月経って、「ヤマモトの嘘で周囲が困っている」という話が聞こえてきた。「風邪ひいた」「下痢だ」などと言って、仕事を休む。毎週のように休むので、それを指摘すると、「お父さんが危篤で」と電話してくる。給料を使い切ると、「財布を落としたから、金貸してください」。平気で嘘をつく。ばれても、平気な顔で嘘をつき続ける。
草刈さんはヤマモトを誘って、じっくり話そうと焼き肉屋に誘った。実は、少年院は「プライバシーに関わる」として、身元引受人にすら過去を教えてくれないそうなんだ。
ヤマモトの父親は認知症で、母親は鬱病だったらしい。小さい頃から「お前のうち、なんか変やな」と近所の子どもたちにいじめられていた。親から褒められたり叱られたりした記憶もほとんどない。
食事を作ってもらえないときも多く、小学生のヤマモトはカップラーメンを自分で作って腹を満たしていた。深夜徘徊で警察に補導されたときも、両親は迎えにこなかった。
「人のものを盗んではダメ」「嘘をついてはいけない」など最低限の道徳すら教えられず、ヤマモトは中学生のときから万引きや店舗荒らしを繰り返すようになり、ついに警察の「お縄」になった。
草刈さんはヤマモトの話を聞いて、「加害者」だと思っていたが、実は「社会的被害者」なのではないか、と考えるようになった。
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「それにしても、お前はすごいわ。実は賢いんとちゃうか。よくあんなにいっぱいの嘘を矛盾なくつけるな」
「社長、実は僕もわけわからんようになってます」
思わず吹き出した。つられてヤマモトも笑い出し、二人して大声で笑い合った。・・・私とヤマモトの間の"つながり"が少し深まったような気がした。[草刈、1254]
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■5.「彼らの精神年齢は実年齢マイナス5歳くらい」
花子: テレビのドラマなら、ここからハッピーエンドという所ですが、その後は、どうなったんでしょう。
伊勢: 焼き肉屋の夜以来、ヤマモトは嘘をついてズル休みをするようなことはやめた。その代わり、無断欠勤を繰り返すようになった。遊び歩いているのでもなく、家に引きこもっているようだった。周囲の人に聞いて見ると、どうやら、立野職長が「苦手なタイプ」だったようなんだ。
花子: 「苦手」というだけで、引きこもってしまうんですか?
伊勢: ふつうの人間なら、「甘えたこと言うな!」で一喝されて済んでしまうけど、少年院や保護施設の受刑者は「心が育ってない」ようなんだ。草刈さんは「彼らの精神年齢は実年齢マイナス5歳くらいと考えるとちょうど良い」と感じるようになった。
ヤマモトは18歳なので、精神年齢13歳。中学2年生くらいで、職場に出て、一日中、苦手なタイプの大人と一緒にいたら、相当なストレスだろう。
そこで草刈さんは、また違うタイプの赤崎職長に預けることとした。職場は滋賀県で、数人の職人たちと共同生活をする。仲間との共同生活は、よい影響をもたらすのでは、と草刈さんは期待した。赤崎職長は、本当の家族のようにヤマモトに接してくれた。昼は現場で弁当を一緒に食べ、夜は自炊し、一緒に食卓を囲んだ。
しかし、ヤマモトはやがて「風邪をひいた」で仕事を休み、夜にはこっそり部屋を抜け出して朝帰り。挙げ句の果てに行方をくらまし、しばらくしてから、電話がかかってきて「社長、助けてください。いま、警察にいるんです」。ヤマモトが逮捕されていると聞いた赤崎職長は「責任をとって、会社を辞める」とまで言い出した。
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私は、こんなに真剣に責任を持って臨んでいた赤崎職長を裏切ったヤマモトに心底腹を立てていた。なぜこんなに一生懸命に自分を思ってくれる人を裏切れるのか。平気で嘘をつけるのか。ヤマモトを更生させるのは無理なのだろうか……?[草刈、1293]
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■6.「ヤマモトは愛情を受けることに慣れてないんか」
伊勢: ヤマモトが同乗していた友人の車から大麻が見つかり、一緒に連行されたという。薬物反応は出なかったので、家庭裁判所で試験観察という処分で、保釈されることになった。草刈さんが「もう一度チャンスをあげて貰えませんか?」と頼んだからだ。
その後、草刈さんはヤマモトと夜遅くまで話し合った。「俺がお前をしっかり更生させたる」と熱く語ったら、ヤマモトは突然泣き出した。
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「草刈社長、俺のこと、もうほっといてください」
そのとき、私はふと思った。そうか、ヤマモトは愛情を受けることに慣れてないんか。赤崎職長のとこから逃げ出したのも、愛情を重く感じたからか。そうか、こいつには、愛された経験がないんか。泣いてるヤマモトに私は言った。
「ほっとけるわけ、ないやないか」[草刈、1331]
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しかし、その後も、ヤマモトの放浪は続いた。現場で一緒になったある塗装会社の面々と意気投合し、楽しんで仕事をするようになった。そこに頼み込んで預かって貰うと、そこで10歳年上の女性と付き合うようになり、無遅刻無欠勤で働くようになった。
しかし、その女性に振られると、姿を消してしまった。1年ほどして顔を見せると、今度は水商売をしたいという。知り合いのバーのマスターに3ヶ月限定で雇ってもらい、けっこう頑張って、多くの客に可愛がられるようになった。多くの客がヤマモトから事情を聞き、いろいろな話をしてくれて、「頑張れ」と励ましてくれた。
3ヶ月が過ぎて、ヤマモトは再び、日之出塗装工業に戻った。マスターも「よく頑張ってくれた」と太鼓判を押し、なによりヤマモトの顔つきが変わったように感じた。「あの店、俺が働いたおかげで、だいぶ客が増えましたよ」という軽さは前のままだが。
今では、ヤマモトは一人前の職人として、後輩を教育する身になっている。ズル休みどころか、風邪くらいでは休まない。「俺がいないと、仕事が回らないんですよね」
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仕事を通じて、信頼され、任され、必要とされることの喜びを知り、自己信頼心が生まれ、育ったのだ。[草刈、p1432]
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花子: やっぱり自分が社会に必要とされている、という自己肯定感が必要なんですね。
伊勢: そう、伝教大師最澄の「一隅を照らす」という、共同体の中での自分の居場所を持つ事が、人間の生き甲斐には必要なんだね。『職親プロジェクト』に参加している企業は、その一隅を出所者に与えている、と言える。
■7.多くの人の応援
伊勢: でも、こういう努力を理解してくれない人も多いようだ。草刈社長は、かつて売上げ5億円にもなるマンションの大規模修繕の仕事が決まりかけていたのに、急に断られたことがあった、という。
理由を聞くと、従業員の中に少年院や刑務所から出てきた者がいることを知って、マンションの住民から「そんな人たちに出入りしてほしくない」との苦情が出たとのこと。その仕事の受注で争っていたライバル会社が、住民に情報を吹き込んだらしい。
草刈社長は「これはあかん」と思った。「前科のある人間がいるから」というだけの理由で断られては、彼らの道は塞がれてしまう。草刈社長も『職親プロジェクト』を続けられなくなる。この穴埋めは絶対にしないといけないと、草刈さんは知り合いに事情を話した。すると、多くの人たちが応援してくれて、結局、25億円もの売上げを得られたという。
花子: こういうプロジェクトに、そんなに応援してくれる人たちがたくさんいたというのは、とっても心強いですね。
伊勢: 確かにそうだね。こういうプロジェクトがもっともっと世に知られて、多くの国民から応援されるようになったら、素晴らしいと思う。たとえば、ライバル会社から、「あの会社は前科者を雇っていますよ」なんて情報を吹き込んで邪魔をしようとしたら、「そういう立派な会社にこそ、絶対に発注する」と言い返せるような国民が増えたら、素晴らしいと思う。
そういう立派な国民が増えれば、『職親』プロジェクトに参加する企業ももっともっと増えて、出所者の再犯率がどんどん減り、それによって、犯罪の被害者も減っていく。我々は、そういう形で、応援すべきだね。
『職親プロジェクト』に参加している企業の一覧は、都道府県別に[職親]に載っているから、ぜひ、消費者として応援できないか、考えていただきたいものだね。
花子: 建設企業も多いようですね。ちょうど、今、父がお店の改装を考えているので、言っておきます。ウチの父は「世のため人のためになることなら」と、二つ返事でしょう。
(文責 伊勢雅臣)
■リンク■
・JOG(1314) 聖武天皇が引き出した国民和合の底力
凶作、地震、伝染病に苦しむ民を救うために、聖武天皇は仏教によって一人ひとりが主体的に支える国を作ろうとした。
https://note.com/jog_jp/n/nfb442c28d77e
■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
→アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
・刈健太郎『お前の親になったる 被害者と加害者のドキュメント』★★★、小学館集英社プロダクション、R01
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4796877789/japanontheg01-22/
・「職親プロジェクト」日本財団
https://shoku-shin.jp
■伊勢雅臣より
読者からのご意見・ご感想・ご質問をお待ちします。本号の内容に関係なくとも結構です。本誌への返信、ise.masaomi@gmail.com へのメール、あるいはブログのコメント欄に記入ください。
■編集後記
海上自衛隊基地一般公開で、横須賀に行ってきました。練習艦「かしま」に乗艦し、甲板を一回りして、各種の兵器なども見せていただきました。きりっとした「海軍軍人」が、いろいろな質問にも答えてくれました。
海上自衛隊基地一般公開
岸壁につけたる艦(ふね)に乗り込まんとあまたの人ら並びをりたり
灰色の大き舳先(へさき)を見あぐれば国の守りと頼もしきかな
をさな児のタラップ昇る手をとりて助くる兵(つはもの)心やさしき
アスロック、ハープーンなど新しき武器(つはもの)揃うを頼もしと見し
大きなる旭日の旗はためきてここ横須賀の海風涼し
あざやかな旭日旗(みはた)に代々の軍人(いくさびと)国の守りを誓ひてこしかな
写真は、以下でご覧下さい。
https://x.gd/rXjIj
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