JOG(1440) 予測不可能な気候激変に耐える食糧供給は?


 わずか数十年で東京が札幌くらいに寒くなる。そんな急激な気候激変を人類は、いかに生き延びてきたのか?

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■1.温暖化の後での急激な寒冷化の可能性も

伊勢: 花子ちゃん、この夏はずいぶん暑かったね。

花子: はい、本当に暑かったです。ニュースでも毎日のように記録的な暑さを報じていました。国内の歴代の最高気温ランキングの上位5位までが今年8月の記録で占められている、って聞きました。やっぱり地球温暖化の影響なんでしょうか?

伊勢: それがね、よく言われるように、近代文明が発する温室効果ガスで異常な高温になる、という単純な話ではないんだ。過去80万年を見ても、地球は周期的に寒冷化と温暖化を繰り返している。現代と同等あるいはそれより暖かい時代は、全体の中の1割ほどしかない。残りの9割はすべて「氷期」なんだ。

花子: ということは、今は珍しく暖かい時代だということですか?

伊勢: その通り。氷期と氷期に挟まれた「間氷期」、温暖な時代は、極めて正確に10万年毎に訪れるんだ。しかし、今までの温暖期が数千年しか続かなかったのに比べて、現在の温暖期はもう1万年以上続いている。本来なら、次の氷期に入っているはずなのに、人類の森林伐採などによる温室効果ガスの増大で、氷期への突入が「人為的」に延びているという説もある。

 立命館大学の中川毅・古気候学研究センター長はこう語っている。
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 私見だが、もっとも恐ろしいのは、現代の「安定で暖かい時代」がいつかは終わるというシナリオではないかと思う。[中川、p208]
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花子: 今の温暖期が終わったら、どうなるのですか?

伊勢: 現在の温暖期は、今からおよそ1万1600年前、全世界で突然始まった。ちょうど、日本列島では縄文時代が花開いた時代だね。このときの温暖化の振幅は5℃から7℃にもおよび、変動に要した時間は長くても数十年以内と推定されている。7℃といえば、実に東京と那覇の平均気温の差に匹敵する。

花子: ということは、那覇はもともと東京くらいの気候だったのに、わずか数十年で、今のように温暖になったということですか。

伊勢: そうだね。その逆が起こると考えると、那覇が東京くらい寒くなり、冬には時々雪が降る、ということになる。東京は今の札幌くらいの気候になる。そうなると、世界的に農業生産が大打撃を受けることになる。

花子: 現在、気温が上昇し続けて、お米の出来高減少が報じられていますが、その逆の現象が起こる可能性もあるわけですね。

伊勢: そう、しかも気候変動は温室効果ガスの増大といった人為的要因も含めて、無数の要因があり、本質的に予測不可能な現象だとされている。我々の先祖はそういう中で、気候変動に順応した食糧生産を工夫しつつ、生き延びてきたんだね。


■2.自然は激しい気候変動を内部から発生させる力を潜在的に持っている

伊勢: まず、10万年に一回、温暖期がやってくるメカニズムを見ておこう。現在もっとも広く受け入れられている学説は、地球の公転軌道が原因だというものだ。

花子: 公転軌道って、地球が太陽の周りを回る軌道のことですよね?

伊勢: そうだね。地球の公転軌道は、10万年単位で完全な円が扁平になり、また完全な円に戻る。軌道が扁平な時代は太陽に近づいて、温暖期になる。軌道が円に近づくと遠くなって、氷期が到来する。これを発見者の名前をつけて、ミランコビッチ理論と言う。

花子: なるほど!太陽に近いか遠いかで気温が変わるということですね。

伊勢: つまり扁平な軌道がいったん円くなり、また扁平に戻るまでに要する時間がおよそ10万年なんだ。

花子: それで10万年周期なんですね。

伊勢: しかし、ミランコビッチ理論には、その他に、地軸の傾きや円運動など他の周期成分があって、すべて気候変動と密接にかかわっていることが判明しているんだ。

花子: 地球って、いろんな動きをしているんですね。複雑です。

伊勢: もう一つ興味深い発見があってね。二酸化炭素は8000年前頃から、ミランコビッチ理論で予測される傾向を大きく外れて増加していたんだ。

花子: 8000年前というと、人間の文明が始まった頃ですよね?

伊勢: その通りだ。ある研究者は、この原因を、アジアにおける水田農耕の普及、およびヨーロッパ人による大規模な森林破壊にあると主張して学界に衝撃を与えた。

花子: えっ、そんな昔から人間が気候に影響を与えていたんですか?


■3.予測できない気候の激変がありうる

伊勢:そういうことになる。しかし忘れてはいけないのは、自然はもともと激しい気候変動を引き起こす事が常態で、それに人為的要因も加わって、さらに急激、不安定で予測不可能な変化がいつ起こるか分からない、ということだね。

 例えば、19世紀末から1970年代初頭にかけての北半球の温度変化を見てみよう。最も温暖な時代は1940年頃であり、その後30年間にわたって寒冷化が続いていたんだ。

花子: 1940年が一番暖かかったんですか? 意外です。

伊勢: 1970年代の研究者たちには、この寒冷化の傾向をそのまま将来に延長すれば、地球は間もなく氷期に突入するように見えたんだ。実際に過去の温暖期の長さを見れば、もう今回の温暖期が終わっても良い時期だった。

花子: それで当時の人たちは氷河期が来ると心配していたんですね。

伊勢: ところが、その後は気温上昇のペースに反転した。予想とは全く違う展開になったんだ。

花子: 気候って本当に予測が難しいんですね。

伊勢: そうなんだ。つまり、数十年の間に、東京が那覇くらいに暑くなったり、その逆に温暖化の時代が終わって、札幌くらいの寒冷化に向かうかもしれない。そういう激変する環境の中で、人間は生き延びてきた、という事実が重要なんだ。

花子: 人間って、そんな激しい環境変化の中でも生き抜いてきたんですね。すごいです。


■4.農業は気候変動に脆弱

伊勢: 気候変動が人間社会に与える影響で、一番大きいのは農業での食糧生産だね。温度の高い低いだけでなく、雨量の変動による干ばつもある。

花子: 干ばつですか。雨が降らないと農作物が育たなくなりますよね。

伊勢: そうだね。1980年代にアフリカで発生した干ばつは、4年にわたって継続したことで300万人の命を奪ったんだ。

花子: 300万人も...そんなに深刻な被害になるんですね。

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伊勢: 日本においても、近世最大の飢饉である天明や天保の大飢饉は、いずれも冷夏が5年以上も続いたことで深刻化したんだよ。

 農業は、気候変動に弱いんだ。特にアメリカやオーストラリアのような麦だけの単一作物の大規模農業は、麦に適した気温(18~20度)より高温になったり、低温になったり、あるいは乾燥した気候が適した小麦は、多雨多湿の気候では収量が落ちたり病害が発生したりする。

花子: 単一作物だと、その作物がダメになったら全部の食糧供給が途絶えてしまうということですね。

伊勢: その通りだ。実は、農耕は1万1600年前に氷期が終わるのを待っていたかのように世界中に拡散したんだ。氷期中にも熱帯では農耕可能な地域はあったけど、広まらなかった。氷期の気候は特に不規則な変動が大きく、安定した食料生産ができなかったからなんだよ。

花子: なるほど、気候が安定してから農業が始まったんですね。

伊勢: 気候が不安定な時代には、農耕よりも、狩猟採集の方が、多様な動植物に依存できるので、はるかに気候変動に強かったんだ。

花子: 色々なものを食べていれば、一つがダメでも他があるということですね。

伊勢: 逆に言えば、現在の大規模農業は、温暖期の安定した気候に依存しているので、今後の急激な気候変動には大きなリスクを抱えているということなんだ。

花子: アメリカやオーストラリアの大規模農業って、実は気候変動に対してとても脆弱なんですね。そして、私たちはそれらの大規模農業からの輸入に頼っているわけですね。怖い話です。


■5.家族農業こそは生産性が高く、気候変動にも強い

伊勢: 気候変動に対応するには、小規模多品種栽培の家族農業が最も有効なんだ。狭い土地でたくさんの種類の作物を育てることだ。例えば、JOG(1241)では興味深い事例を紹介している。
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JOG(1241) 家族農業で「食の安全保障」を
 夫婦二人でサッカーグラウンド半分ほどしかない畑を耕し、年間600万円もの収入を得る「日本一小さい専業農家」。
https://note.com/jog_jp/n/n573df8841278
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伊勢: サッカーグラウンド半分の農地に50品種以上の作物を栽培している。いろいろな作物を作っていると、高温や低温、湿度の高い低いにそれぞれ適した作物がある。

 たとえば、きゅうり、モロヘイヤ、オクラなどは高温に強く、ジャガイモ、ニンジン、キャベツ、ホウレンソウなどは低温に強い。サトイモやゴボウ、セロリなどは多湿でもよく育つが、大根、サツマイモ、小麦などは乾燥に強い。こういうやり方なら、温度湿度の激変があっても、作物を柔軟に対応させていくことができるんだ。

花子: なるほど!でも小規模農業って生産性が低いんじゃないですか?

伊勢: それは大きな誤解だ。実際のデータを見てみよう。家族農業は世界の農業資源(土地、水、化石燃料)の25%を利用するだけで世界の食料の70%以上を生産するのに対し、大規模農業は資源の75%を浪費しながら、30%の食料しか提供していない。

花子: えー!それは驚きです!

伊勢: 土地の生産性も段違いだ。日本の農地1ヘクタールが約10人を養えるのに、欧州随一の農業国フランスで2.5人、アメリカでは0.9人、オーストラリアに至っては0.1人だからね。

花子: 日本の農業ってそんなに効率的だったんですね!

伊勢: そうだ。だからこそ国連は2019年から28年を「国連家族農業の10年(The UN Decade of Family Farming)」としている。家族農業とは、家族労働が中心の農林漁業を指す。世界の5億7千万の農場のうち5億以上を占めており、食料の70%以上(価格ベース、2016年)を供給しているんだ。
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JOG(1191) 家族農業の挑戦 ~「国連家族農業の10年」
 大規模農業の自然破壊、健康被害、食糧供給リスクを克服するための「国連家族農業の10年」。
https://note.com/jog_jp/n/nabdbe88ef277
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■6.気候変動に強い家族農業

伊勢: 家族農業こそが、土地生産性も高く、資源の利用効率も高く、そして気候変動にも柔軟に対応できる。これからの時代、ますます注目されるだろう。狭い農地に多種多様な作物を植える農業を「環境順応型食物拝受システム」と呼ぼう。

花子: 「拝受」って面白い表現ですね。

伊勢: 人間が自然から食物をいただくという謙虚な気持ちが込められているんだ。それに対して、森林を切り開いて広大な畑を作り、麦などの単一作物を植えて食糧を生産するシステムを「環境破壊型食糧大量生産システム」と呼ぶことができるだろう。

 日本列島では縄文時代には、各地の気候に合わせて、木の実や野菜、果物、キノコ、貝、魚、小動物など、数百種類の食物をいただいていた。栗の木などの栽培が行われていたから、栽培技術は持っていたけど、森林を切り開いて単一作物を植えるというようなことはしていなかった。

 その後、地球の寒冷化にしたがって、水田耕作が普及したが、同時に多種多様な作物を栽培していた。明治初年に来日したイギリスの女流探検家イザベラ・バードが、まだ江戸時代の余韻を残す米沢について、興味深い印象記を残している。
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「鋤で耕したというより、鉛筆で描いたように」美しい。米、綿、とうもろこし、煙草、麻、藍、大豆、茄子、くるみ、水瓜、きゅうり、柿、杏、ざくろを豊富に栽培している。実り豊かに微笑する大地であり、アジアのアルカデヤ(桃源郷)である。自力で栄えるこの豊沃な大地は、すべて、それを耕作している人びとの所有するところのものである。
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花子: 「鉛筆で描いたように美しい」って素敵な表現ですね!でも、こんなに多品種を栽培していて、本当に効果があったんですか?

伊勢: 大いにあった。天明の冷夏による米不作で大飢饉となった際にも、近隣諸藩では数万人単位の餓死者を出しているのに、米沢藩は一人の餓死者も出さなかった。藩による食糧備蓄とともに、多種多様な作物栽培の効果もあったのだろう。米沢藩の業績は、幕府にも認められ、「美政である」として3度も表彰を受けている。それほど優れたシステムだったんだ。

 現代日本の食糧の輸入依存、それもアメリカやオーストラリアのような大規模単一品種生産は、気候変動に極めて脆弱だ。気候変動に対する食糧安全保障という意味でも、先祖の「環境順応型食物拝受システム」という知恵に戻るべき時だと思う。

花子: 単に現時点の食糧コストだけ見て、「環境破壊型食糧大量生産システム」に頼るのは、近視眼的で危険な見方なのですね。私たちの未来のためにも、より安心安全なシステムに戻ってほしいです。
(文責 伊勢雅臣)


■リンク■

・テーマ・マガジン「気候変動との戦い」
 気候変動はSDGsで言われているように、産業革命以降の炭素排出だけではありません。人類の歴史は、気候変動との戦いでした。
https://note.com/jog_jp/m/m7c8f5c00c96a

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

・中川毅『人類と気候の10万年史過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか』★★★、講談社、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4065020042/japanontheg01-22/


■伊勢雅臣より

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■編集後記

 9月も末に近づき、ようやく秋めいてきました。近年は夏と冬が長く、秋と春が短くなっているようです。それだけ、急激な寒さ暑さに対応するのが、大変です。これも気候変動の一環でしょうか。皆様もご自愛ください。

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